王宮にて
なかなか佳境に入りません。ごめんなさい。
馬車が進んでいく。ミリエルが育った。グランデの街では、住み分けは割りときっちりしていた。しかし、ライヒの街は、住宅街と商店街が点在し、雑然とした印象を受ける。
またグランデの街はあまり大きな道がない。中程度の道が、曲がりくねって、初めて来た人間は確実に迷子になるというややこしさがあったが、ライヒでは、広大といってもいい巨大な道を、ミリエルの乗った馬車が延々と進んでいく。
「ずっと、まっすぐですね」
思わずミリエルは言ってしまった。
「この道は、王宮と、直結しております」
その言葉にミリエルは目を剥いた。
グランデの街は、網目のように入り組んでいるので、どこかに直通の道というものが存在しない。
だんだん、石造りの豪邸が増えて来た。
どうやら、王宮の周りに貴族や、豪商といった面々が軒を連ねるのは、グランデと同じらしい。
しかし、いっこうに、道が傾斜してこない。
「上に行くんじゃないの?」
「ライヒは完全に平地にあります。サン・シモンのように起伏の激しい土地ではないのですよ」
そう説明されて、ミリエルは首をかしげた。今まで一度もサン・シモンを出たことがないので実感が湧かないのだ。
不意に、馬車が止まる。ベアトリーチェが馬車を出ると、ミリエルは巨大な門の前に着いたことに気が付いた。
門番らしい男とベアトリーチェが話し合っている。そして、今もこっそり着いているらしい、軍服を着た男達が、立ち並んだ。
「ミリエル様、御入城でございます」
ベアトリーチェの重々しい宣言が響いた。
再びベアトリーチェが馬車に戻り、馬車が進み始めた。
窓の向こうでは、軍人達が一様に敬礼の姿勢をとっている。
門を抜けても、広大な庭園が王宮の前にある。
ミリエルはサン・シモンの王宮を見たことがなかった。しかし、山岳地帯の中腹に作られた王宮に広大な庭園があるとは今まで一度も聞いたことがなった。
様々な形に刈り込まれたトピアリーで囲まれた場所を通り過ぎて、ようやく扉が見えてきた。
「こちらで、降りてください、ここは裏門に当たります」
ベアトリーチェの先導でミリエルは馬車を降りる。
三人の軍人が、その場に立っていた。
ミリエルに敬礼すると。ミリエルの後ろに立つ。
ベアトリーチェ、ミリエル。そして軍人たちという順番で扉をくぐる。
そこに待っていた女官たちがミリエルに入浴と着替えをするよう指図した。
いつもより更にキンキラキンに飾り立てられ、ミリエルは、今度は軍人たちに囲まれて、延々白亜の廊下を歩かされた。
謁見はあっけないほど簡単に終わった。ミリエルは、王宮の一部、裏の離宮に住まうこと、後はベアトリーチェのいったとおりのことそれ以外はまったく言われなかった。
そして、早急に、ミリエルはその離宮に向かい、王家の姫としての教育を受けることのみだ。
実の父であるパーシモンは、その有様を何か物言いたげに見ているだけだった。
玉座の間を辞したミリエルは、そっとパーシモンを見る。
薄い、プラチナと間違うほど淡い金髪はこの父から似たのかと、感慨深く思う。
若くはないが、端正な面持ち。しかし、決定的に影が薄い。
パーシモンは何か言いたそうで、それでいて口を開くきっかけがつかめなくておろおろしてるといった風で、ミリエルを見ている。
この人お母さんと結婚したんだよね。
ミリエルの気持ちに大きな疑問が湧いた。しかしパーシモンには聞かなくてはならないことがある。アマンダとダニーロはパーシモンのところにいるとベアトリーチェは言った。
安否を確かめるのと、面会のセッティングを頼まねばならない。
「お父さん?」
とりあえずそう言ってみた。
パーシモンは覚悟を決めたように、ミリエルに近づいた。