二つの街
サン・シモンとリンツァーの差は、軍事色の差と地形の差です。
グランデは典型的な要塞都市の設定です。
それから一週間。それはずいぶんとゆっくりした旅のようだった。
早朝馬車に乗せられ、それから若干の休憩時間をはさんで夕方にはどこか知らないお屋敷に入り夜を過ごす。
そしてミリエルは、馬車の中と、屋敷に着いた二時間、地獄の詰め込み授業を強制させられる。 どこかのお屋敷に入るとき、近隣の農民らしい人々が、どこのお姫様だと噂する。まさかミリエルが雑貨屋の娘だなどと夢にも思わないだろう。
ミリエルの両足首には今も足枷がはまったままだ。
貴婦人たるもの、大股で歩くなどありえないというのがベアトリーチェの主張だ。貴婦人らしい歩幅を覚えるまで足枷をつけて生活しろと命じられた。
その足枷がはずされるのは、詰め込み授業が終わった後、入浴と就寝までのわずかな自由時間の間だけだ。
そのわずかな時間を利用して、ミリエルは腕立て伏せに励んでいた。
「ふ、ふふふ。かの方とやら、絶対殴る。誠心誠意、心を込めてぶん殴ってやる」
そのために、腕力が衰えないようにと、ミリエルはほとんど日課となった腕立て伏せに励んでいた。
筋力が衰えないようにやるのはそれだけではない。ミリエルが小さい頃からやっている舞踊の練習も怠らない。コルセットをはずされているので、身体をほぐせるのが少しうれしいということもあったが。
食事も綺麗ではあったが腹は膨れなかった。大皿にほんのちょっぴり、肉や野菜、魚介類が盛られている。そしてその周囲に、綺麗に色とりどりのソースで模様が描かれている それは食べても食べても腹が減るような気がする。
一週間が一年にも感じられた。
最初の晩以来、アマンダとダニーロの姿は見えない。ミリエルは、ベアトリーチェではなく、アマンダから、しっかりと事の次第を聞いておきたかったのだが。
肋骨の軋むコルセットにも、ぎちぎちに結い上げられた髪にも、砂埃の立つ道を歩くことなどまったく考慮されていない裾を引きずるドレスにも少しは慣れてきたが、それでも身体が楽ということではない。
ベアトリーチェの教育を聞き流していたミリエルはふと気付く。
田園と森が連なっているその光景が少しずつ。街の光景に切り替わる。
「どこも、街道沿いに店があるのね」
巨大な石造りの門をくぐると、露天が立ち並んでいるのが見えた。
空いた馬車の窓から肉を炙る香ばしい匂いが飛び込んできて思わずミリエルは胃を抑えた。
久しく味わっていない実質的な食べ物の匂いだ。
思わず馬車を飛び降りて、買い求めたくなったが。ベアトリーチェが鬼の形相でそんなミリエルを睨んでいる。
「ええと、ここはなんて街なの?」
とっさにミリエルはその場をごまかそうと訊ねた。
「ここが首都、ライヒにございます」
ミリエルは目を瞬かせた。それならばここが旅の終着点ということか。
「これより、王宮にて、陛下に謁見願います」
ミリエルのこめかみに一筋の汗が伝った。
「ミリエル様がお過ごしになるお部屋も王宮にご用意されておりますので、そちらで他の家庭教師の方々とも引き合わされるでしょう」
言われたことがほとんど耳に入ってこなかった。
「陛下ってどういうことよ」
「ミリエル様、ミリエル様は正式に陛下の養女と成られることが決定いたしております」
「陛下って、まさかこの国の王様?」
「他に陛下はいらっしゃいません。それと、実のお父様に当たられます、パーシモン王弟殿下も臨席なさるそうですので、貴方の御生母は、パーシモン王弟殿下の邸宅にて預かられるそうですわ」
ミリエルは与えら得た情報を必死に整理した。実のお父さんが王弟で、王様が父の兄ということは伯父さんで、母親のアマンダは別の屋敷に連れて行かれた。
「そういえば、姫君って戯言をほざいていたっけ」
小さく呟く。そしてそのまま馬車の窓枠に突っ伏した。
次は王宮に突撃だ。
突撃ったら突撃だ。
ミリエルの受難は続きます。