鐘は鳴る
ミリエルは神殿で祈りを捧げるという名目で祭壇の前に跪いていた。
ほかの各国の女性達も同じように祭壇の前でそろって祈りを捧げている。
そして町中の神殿で鐘が打ち鳴らされている。
ミリエルの耳に届く鐘の音、それは特定の音階を刻んでいるように聞こえる。
法則を知っているものだけがわかる音階。
ミリエルはサフラン商工会の通信を聞いていた。
この街の神殿の鐘はすべて音が違う。そしてその鐘をある神殿では一回別の神殿で二回などと音をつなげることで単語が浮かび上がるのだ。
ミリエルが記憶を総動員してそれを思い出そうとしていた。
はたから見れば難しい顔をして祈りを捧げているようにしか見えないが、ミリエルの頭の中は単語が渦巻いていた。
「ええと第一神殿が二回、マルトル神殿三回で」
ぶつぶつと呟いているのも聖句かそれとも夫の無事を祈るものかと同情されているが。ミリエルはそれどころではない。
解読して行くうちに、こめかみにぴくぴくと痙攣が走る。
「どういうことだ、そりゃ」
小刻みに震え跪いた神殿の床に爪を立てた。
ミリエルが殺気を出したので背後で祈っていたマルガリータの背中がピクリとこわばる。
く泣くなとミリエルは優花に突っ伏した。
「妃殿下」
マルガリータがあわてて抱き起こすと、その場に控える神官に控室の場所を聞いた。
「ご案内します」
小柄なミリエルの身体をマルガリータは軽々と抱え歩いて行く。
「あれ、本当に女」
小さく呟いた数名の貴婦人。後日マルガリータにあらぬ噂が立つことになるが、そのことを今は誰も知らない。
腕の中でミリエルはずっと怖い顔をしていた。
「ミリエル?」
「後でわかるよ」
小声でそっと話しているとあっさり控室についた。
聖職者の控室なので質素と言うわけでなく。それなりに凝った趣向の部屋だった。
おかれた寝台もちょっとした小部屋ほどもあり、子供が跳ね上がりそうなほど弾力があった。
「なにしに使ってんだ、これ」
すっかりがらが悪くなったミリエルはやさぐれる。
「貴族御用達の神殿だろう、お布施が相当すごいんじゃないか」
「ちっ、ここはサフラン商工会がいろいろ福祉をするから、教会はろくに働きゃしねえ」
「ミリエル、それどころじゃないんだが」
ミリエルが何故妙な芝居までしてあの場から離れたのかマルガリータにはさっぱり分からないのだ。
「ああ、ちょっと腹立つ話を聞いたから」
「話っていつ?」
鐘で通信ができるということを知らなければただ鐘の音にしか聞こえない。
「とりあえず、背後にいるのは、うちのおじいちゃんだって」
マルガリータの眼が点になった。
「じゃ、ちょっとおじいちゃんのところに行って話しつけてくるから」
ミリエルは控室を出るとそのまま奥まった場所に向かう。
そしてそのまま歩き続けて、敷石の色違いの模様のある場所に向かった。
モザイク模様の一部があっさりはがれ、中から丸い金属の輪が現れる。
それを引くとあっさりと模様の場所から蓋が開いた。
中をのぞくとかなり急な階段になっている。
「サフラン商工会御用達の地下通路よ」
「全部の神殿にあるわけ、これが」
「他言無用よ」
ミリエルはそう言ってさっさと階段を降りはじめた。