旅路 2
夜の闇の中ミリエルは毛布に包まって壁にもたれていた。
夜のくるのを数えるだけが時間を計る唯一の手段だった。夜のうちも進んでいるのか、それとも止まって御者も休んでいるのか、ミリエルには定かではない。
ただ坐っている意外できないのだが、それでも身体は疲労を覚え、うとうとと眠りに付こうとしたとき、唐突に扉が開いた。
闇に慣れつつあった目が蜀台の明かりに焼かれ、思わず顔を覆う。
今度はミリエルを取り囲んだのは若い女ばかりだった。
その背後に、年嵩の女が立っている。
「大丈夫ですか」
静々とそんな擬音の立ちそうな足取りで、その年嵩の女はミリエルに近づいて、そう声をかけた。
ミリエルは無言で顔だけを上げた。
扉の向こうにいる男達にミリエルの足枷をはずせと命じたが男達はそれを拒否した。
「危険は冒せない。どうあってもその人を送り届けねばならないのですから」
その言葉にミリエルは首をかしげる。
ミリエルは明らかに犯罪者用の馬車に乗せられてきたが、犯罪を犯した記憶はない。
それにこの連中はミリエルを裁くためではなく、どこかに送り届けたいようだ。
とにかく誰かが情報をくれるのを期待してミリエルは耳を澄ませた。
「さすがに、もう逃げても無駄だと悟っているのではないですか。もうサン・シモンの国境を越えました」
国境を越えた、その言葉にミリエルは狼狽する。最初に現れた男達が明らかに異国の軍人だったので予想できる結果ではあるが、それでも物心付いて初めて国境を越えたと聞かされて落ち着いていられるはずもなかった。
「歩けますか」
そう言われて、両脇から女達がミリエルを無理矢理立たせる。
ミリエルの腕をつかんでいる女が不快そうに顔をしかめるのが見えた。
ああ、やっぱり匂うのか。ミリエルは憂鬱になった。
護送車から降ろされたすぐ目の前にグランデでは、十番街くらいにしかなさそうな豪勢なお屋敷が建っていた。
その入り口に、アマンダとダニーロの姿もあった。
「ミリエル」
泣きそうな顔で、アマンダがミリエルを抱きしめる。
「何もあんなもんに閉じ込めなくても」
ミリエルを抱きしめたままアマンダは忌々しそうに護送車を睨む。
「万全を期す必要性がありました」
軍服を着た男が堂々と言い放つ。
「どんな万全だ」
ダニーロの口調も苦い。
「おじいちゃん、ここどこ」
ミリエルが掠れた声で訊ねた。
「リンツァーのおそらくベルディ地方じゃな」
サン・シモンと隣国リンツァー王国の国境近くにある土地の名前をダニーロが呟く。
ミリエルはわけがわからないままその屋敷に入った。
入浴を勧められたが、その浴室と更衣室に女達を入れることをアマンダが拒んだ
「この子は人にそういうことをされるのが慣れてないんだ。最低下着までつけたところで入ってきてくれる」
そう言って、扉の前に仁王立ちして断固通すつもりはないことを宣言した。
その間にミリエルは衣服を脱ぎ捨て浴室に入った。
その浴槽は、綺麗な模様の入った石で作られていた。貴族や、豪商の家に女中奉公している友達に聞いた贅沢なお風呂という奴だ。
さっきまでの護送車の暮らしと雲泥の差の扱いの変化にミリエルの混乱はいっそう強まった。
石鹸も、豚の油を固めたものではなく。肌にいい香草を練りこんだ。これだけで一財産といってもいい高級品だ。
そして浴室を出て用意された下着類は、すべて上質なリネンに絹糸で刺繍がされた高級品ばかりだった。
しかし、その下着に、あるものが縫いこまれているのに気が付いた。
ミリエルが入浴している間にアマンダが細工をした、暗器を仕込むための紐が縫い付けられていた。
平民は豚の脂の石鹸 貴族はオリーブオイルなどの植物油の石鹸と使い分けられています。