私怨と公務
今ここで事を起こせば貴婦人たちが危険にさらされる。そして、貴婦人の中にあの女がいる。
あの女。勝負に遺恨を残すことは禁じられているが、あの女のことだけは忘れたくても忘れられない。
うまくいけば手柄になり、失敗したとしてもあの女がひどい目にあう。どっちに転んでもうまみはある。
むしろ殺されてしまえ。
私怨に燃える男たちはその場で目に付いた相手に切りかかろうとした。
しかし、刃が届く前にその男は泡を吹いて倒れた。
「なんだ?」
あちらこちらに泡を吹いて倒れている男たちが散らばっている。
ミリエルの仕掛けた毒草ポプリは生で摂取した場合と違い遅行性毒物として作用したようだ。
「あの女の仕業か」
一気に決めつける。ほかにやりそうな人間に心当たりがないためだがあながち間違っていない。
「あの女がおとなしく救助を待っているはずがなかったな」
そう言えばかろうじて息をしている男を引きずりおこす。
「人質はどこだ」
しかし舌が絡まりまともに声を出すことができないようだ。
「ちっ」
舌打ちをすると、次々に倒れていく仲間を茫然と見ていた一人を見つけた。それを締め上げに行く。
「人質はどこだ」
再度締め上げながら尋ねた。
「うえ、あいつらが皆殺しにしてやるって」
最初の一人が倒れた時、すぐに人質にとられた貴婦人の一人の仕業だと考えた者たちが押し掛けて行ったという。
「よし、案内しろ」
刃物を首筋に押しつけながら、そう宣言する。
一人が捕虜に刃物を突き付け、周囲の数人が警戒に当たる。
そして貴婦人方のお茶会会場へと進むと、ぶんと重いものが振り回される音が聞こえた。
ミリエルは得物を手に、周囲を睥睨する。
すでに二人足を砕かれている。
とりあえず殺すのはまずいという判断でだ。
それをバリケード代わりにひっくり返したテーブルの影から見守る貴婦人方の反応は様々だ。
あるものは茫然とあり得ないものを見てしまったという顔をしており、あるものは久しぶりに見るミリエルの雄姿に感慨深そうな顔をしている。
ひゅんひゅんと鉄球が唸りを上げて回る。
何とか抑え込もうとじりじりと近づこうとするが、うかつに近づきすぎると鉄球の餌食になる。
その時複数の足音が聞こえた。
正規兵たちが乗り込んできたのだ。
乗り込んできたのは正規兵だけではない特殊武装女官たちも異変ありと続々と乗り込んできた。形成は完全に一転していた。