赤々と燃える
すいませんすいませんすいません遅れました。
マルガリータは扉が押しあけられた瞬間に、血煙りが上がるのを見た。
投げナイフを所持していた女官が投擲したそれは肩にあたっている。
飛び込んできたのは三人、一人は姿勢を低くして飛びついた相手にバランスを崩したところに足を払われきれいに投げ飛ばされた。
そしてもう一人は数人の女官達が瞬時に取り囲み刃物を向けた。
袖から手の甲を覆うように出ている刃物や扇を模したもの、など種々様々な刃物に囲まれている。
相手はたった三人。そしてこちらは女ばかりとはいえ、自分を抜いても十人の武装した集団。多勢に無勢という言葉が脳裏に浮かぶ。
どこから出したのか針金であっさり捕縛されてしまう。
さすがはこの国の中枢を担う護衛集団とマルガリータは本気で感心していた。
「あとは、適当に逃げて急を伝えなさい、私達はあちらに」
そう言って、貴婦人達の集いが行われている場所を指差す。
侍女や女官達は我先に部屋から飛び出していく。
スカートの下から、ぞろりと引き出した、びっしりと短剣が植えてあるベルトを肩にかけながら女官は逃げる方向を指図している。
そして反対方向を別の仲間が向かう。
きっちり役割分担ができているのでマルガリータが入る隙もない。
マルガリータは、おずおずとこちらに近づいてくるコンスタンシアに、合流して逃げるよう指示し、ミリエルのいる方向に足を向ける。
「無茶してないといいけど」
「大丈夫でしょ、たぶん」
「まあ、一人でできることとできないことがあるくらいあの子だってわかってるわよたぶん」
何故そこでたぶんがつくのか、突っ込みたいところだが、今はとにかく時が惜しい。
マルガリータはそのままミリエルのいるはずの場所に足を向けた。
女官達が大勢逃げ帰ってきて、貴婦人達が襲撃されたと知らされた時、男性陣は国際会議を放り出して我先に飛び出し、衛兵たちに事情を訊いたり、自分の部下を呼んで女性達のいる場所に救助に向かわせるよう命じたりといった自分達にできる行動をとっていた。
無論サン・シモン警備を任されている部隊は、いったい何をしていたのか責められながら、それでも事態の収拾に動こうとしていた。
女性達のいる小宮殿が、いつの間にか賊に取り囲まれていたという知らせはすぐに届いた。
宮殿の周囲に油がまかれ、うかつな抵抗、もしくは攻撃を加えられれば、即火を放つと首謀者は言い張っているという。
「火、ですか」
レオナルドは難しい顔をした。
小宮殿とは言っても、腐っても王族の持ち物、その規模は相当なものだ、それに確か眺めの良い上階に集まっていたはずだ。
火災が起きた時、貴婦人がまとう広がったスカート、細いかかとの高い靴など避難には向いていないことおびただしい服装の貴婦人はいったい何人生き延びられるだろうか。
ミリエルだけなら、さっさと飛び降りるだろうな。
たぶん本当に危なくなればあの妻はそうする。しかし、あれで結構周りを気にするタイプだ。他の人間が逃げられないのに、自分一人がさっさと逃げることもなかなかできない。
となればたぶんミリエルはほかの貴婦人方と様子をうかがっているのだろう。
マルガリータは、松明を掲げて叫ぶ男を忌々しそうに見ていた。
ミリエルは窓のそばで、幽かな油のにおいをかぎ取っていた。この高さまで、それも窓の隙間からに負うということは相当の寮の油を用意してあると判断した。
「厄介な」
うかつに飛び降りて、それが着荷の合図になったら目にも当てられない。
機会をうかがうしかなかった。