前哨戦のさらに前
マルガリータは周囲を見回す。
何事が起ったのか理解できずうろたえている女官達。
扉の向こうで、誰かがこじ開けようと何やら重低音が響いている。
相当重いものを叩きつけているのだろう。
頑丈な扉だが、鉄板がはさんであるわけではない。破られるのは時間の問題だ。
マルガリータはテーブルクロスの影に隠れて自分の愛剣を抜いた。
スカートを大きくまくり上げねばならなかったので、堂々とやる度胸がなかったのだ。
剣を片手にさて出ようかと立ち上がると、何やら物々しい金属音が響いた。
両手に、手甲のようなものをはめている。普段マルガリータが目にする手甲と違うのはその指の部分に、切れ味のよさそうな刃物がついている。
手首の部分から蛇腹で曲がるようになり、更に肘まで覆う防御甲がついている。
手を動かすごとにかちゃかちゃと音がする。
鞭を手にしている女官もいた。
その先端に、金属製の針が植え込まれている。けがをさせるという生ぬるい思考はない。必殺の武器と考えていいだろう。
着々と武装していく女官達。それをマルガリータも含めた女官達はぽかんと見ている。
今女官達は三つに分かれていた。武装するもの、そしてそれを見て恐ろしげに顔を背けるもの。そして何が起きているのか全く理解できない者たちだ。
「もしやこれがミリエルの言っていた」
武装女官。サン・シモンだけに見られる特殊な女官達だ。
きびきびと武装していくその姿は訓練された兵士のようだ。
というかむしろ女官の格好をしている兵士と考えた方が正しい存在だった。
その一人が振り返り、マルガリータを見る。
「ああ、そう言えばあんたミリエルのとこの」
マルガリータが握った剣を見ながら言う。
また一人がコンスタンシアに近づいて聞いた。
「あんたは戦えるの」
コンスタンシアは全身全霊の力を持って首を横に振った。
「まあ、いいや、戦うんならそれでいいけど、あたしたちの邪魔はしないでね」
尊大に言うと、栗色の髪の女は投擲用の短剣がずらりと並んだ帯を肩からかけた。
見たところ普通の武器を持っているのはマルガリータ一人だ。
女達の大半はマルガリータが見たこともない、そして禍々しい武器を持っていた。
まあ、ミリエルと同じ場所で武器の扱いを学んだならそう言うものだろうとすぐに納得する。
ミリエルの武器が鉄球と結合した鎖で。軽やかな足取りで、鉄球で敵の骨を砕きながら進む有様には、そこそこ経験を積んだ兵士達もどん引きしていた。
しかしさすがのミリエルも愛用の武器を貴婦人方に囲まれた状態で引き抜いたりはしないだろう。
ミリエルはじっとりとした視線に囲まれていた。
ミリエルがかつてサン・シモンにいたころ結構名前が売れていた。貴族平民わけ隔てなく。
そう、かつてのミリエルを知っている貴婦人が何人もいたのだ。
彼女たちは一様にわくわくとした目でミリエルを見ている。
これから起きるだろう災厄。
そしてさらにこちらにいる災厄。この二つがぶつかったとき何が起きるのか、そんなものを期待してわくわくしているのがはっきりとわかる。
「いやね」
ミリエルは呟く。
「あたしは無抵抗主義者じゃないから、受けて立ち時は受けて立つけど、一人で何をしろというんだ」
基本戦闘訓練を受けるのは平民だけだ。つまりここで戦えるのは、かつて平民だと思い込んでいたミリエルだけだ。
なんとなくげっそりとした気分になった。