美は乱調にあり
希望を断たれたミリエルは仕方なくライララとミアータの二人を連れて歩いていた。
そして通訳もしなければならなかった。
周囲の、サン・シモンの貴婦人に対して軽く殺意を覚えながら、ご自慢の真珠貝の爪を見せびらかした。
ミリエルの爪はひそかに視線を集めている。
ミリエルはざわめきの中にかすかな物音を聞きとっていた。
あれは金属の軋る音。槍なんかをガチャガチャする音よね。
ミリエルは一番その音に似ている音を思い出しつつ背後を見る。
召使たちが飲み物を補充するために空けられていた扉。それが音を立てて閉まった。
「え?」
仮にも貴婦人達が集う場所であんな乱暴な扉の開け閉めなどあり得ない。それをしたということは非常事態ということだ。
扉の音に他の貴婦人達もしばし沈黙した。
扉に飛びつき引き開けようとしたが、全く動かない。
ミリエルは別の部屋の隅の小さな扉に向かう。
使用人が目立たないように出入りしたり緊急事態にこっそりと出入りする扉だ。その扉もすでに閉じられていた。
「どういうことかしら」
シファ伯爵夫人がミリエルに話しかけてきた。
「どうやら閉じ込められたようです」
「状況は?」
「おそらくここにいる私達を人質に殿方に何事か要求するつもりなんでしょう」
ミリエルはテーブルに置かれた焼き菓子をつまんだ。
「館ごと焼きはらわれるのは少々うれしくない事態です」
ミリエルはそう言って、窓の外を見た。
あいにく、ここは五階だった。
レオナルドは会談の小休止に庭を散策していた。
嗅いだ覚えのある香り、かつて知っていた人がよく好んでいた香水だ。
「レオナルド様」
やわらかな栗色の髪の女性がそこに立っていた。
「リリアン?」
元婚約者だった。かつて隣国の公爵令嬢だった彼女と共に過ごした時間は数えるほどもない。
婚約成立と同時に国内が荒れはじめ、レオナルドは国を追われる始末。
そのためすぐに婚約破棄になった。
面影を覚えていた自分の記憶力に少し笑う。
もう縁もゆかりもない女性だ。
「覚えていてくださったのね」
リリアンは柔らかく笑う。覚えていただけだ、それ以外に何の感慨もない。
すでに別の相手と結婚した自分今の妻ミリエルは多少のその時疑問符が頭をよぎったがそれはあえて考えないことにした。問題がないわけではないが悪い妻ではないと思う。
もともと立場の弱い貴賤結婚の子供。好き好んで嫁いできたわけではないが本人なりに全力を尽くしていると思っている。
それに商人階級とは言え、サン・シモンの大陸の商業大動脈と言われるサフラン商工会の大幹部の祖父は下手な貴族よりいい伝手だ。
縁がなかったということだろうなとリリアンの柔和な顔を見下ろしながら心中で呟く。
「そう言えば貴婦人方はあちらで集まっているのでは」
そう言って離宮の館を指差す。
リリアンは苦笑した。
「貴方の奥方を見たくなかったのです」
ふいに熱っぽい光がリリアンの瞳によぎった。