気がつきたくなかった真実
お待たせしました。ようやく何か起きるようです。
女性ばかりが集められた小宮殿。
殿方達はまじめに会議中、そのため、ここには留守番中の貴婦人だけが集められている。
ミリエルは、小さなテーブルの上に置かれたお菓子を未練がましく見ていた。
甘いものは大好物だ。だが立場上、あそこでひたすらお菓子を食べているわけにもいかないだろう。
ミアータとライララは気にせずお菓子をぱくついている。
ミリエルはなんとなく視線に殺気を込めて、二人を睨んだ後、ミリエルは仕事に戻った。
そう仕事だ。貴婦人にとって、社交は仕事に他ならない。
ミリエルは目の前の相手に微笑みかけた。
結局イレーヌとカロリン姐さんは約束を守ってくれた。
ミリエルは目の前の二人のサン・シモンの伯爵夫人を慎重に値踏みした。
二人とも、ミリエルの母親よりかなり年かさだ。
イレーヌはともかく、カロリン姐さんの目は信じていいのだろうとミリエルは思っていた。
ラウリーヌ・メラ・ウェブスター伯爵夫人。サン・シモンでは珍しいほど広い工作地帯をもつ伯爵家の貴婦人は丸顔に笑いじわという福々しい顔でミリエルに笑いかけた。
ジェスティーヌ・サライ・フランシス伯爵夫人はサン・シモン有数の鉱山主の旦那様をお持ち、そんな彼女は瘦せぎすに尊大な顔でミリエルを見下ろした。
表面上の愛相などさして、状況を判断する材料にはならない。
ミリエルは張り付いた笑みで、シファ伯爵夫人を紹介した。
マルガリータから得た情報では、シファ伯爵夫人の夫はそれなりの権勢を持っているらしい。
まあ、だからこそはるばる呼ばれたようだが。
この場所は貴婦人のみ。付き添いの女官すら入れないので、マルガリータ達は別棟の待合室で待っているはずだ。
ミリエルはミアータと、ライララを手招きした。
『こちらのご婦人たちは言葉がわかるから』
そう古サン・シモン語で話すと、二人の貴婦人がなんとも言えない顔をした。
「そう言えば、知らないのね」
「確かに、知らないでしょうねえ」
二人の対照的な伯爵夫人はそう言って、ため息をつく。
「私達が、積極的に彼女達にかかわらなかった理由はですね」
「その、ニュアンスの問題なんですの」
フランシス伯爵夫人がきびきびと続けた言葉を、ウェブスター伯爵夫人が気弱げに続ける。
「どうも、あちらの方達には私どもの言葉が、ガラが悪く聞こえるようなんですの」
「ガラ?」
「あちらの方たちには、私どもが無法者の言葉を使っていると思ってらっしゃるの」
吐き捨てるようにフランシス伯爵夫人は言い切った。
ミリエルは、かつて幼い日に倣ったサン・シモンの歴史を思い出してみた。
そう、故郷を離れた先祖は傭兵として身を立てた。商業で身を立てたのはその後だ。
初期には全国民が傭兵と言ってもいいような状態だった。当然お上品な話し方など残るはずもなく。
「べらんめえ」
ミリエルは力なく呟いた。
マルガリータはのんびりとお茶の時間を楽しんでいた。
基本的にサン・シモン王宮の女官が集まりを仕切るため、付き添いの女官であるマルガリータは一気にひまになってしまった。
出されるお茶もお菓子もおいしくて、さすが、国の威信がかかってるだけあって、女官にすぎない身にもこんな高待遇と思わず感動してしまう。
「いいんでしょうか」
なんとなく平穏が怖いコンスタンシアが呟く。
「よくないかもね」
マルガリータは幸い、さすがに女官にはそう高い茶器を用意してなかったので、ティーポットを手に取る。
そのままあいた窓に放り投げた。
けたたましい悲鳴が響く。そして墜落し、地面にたたきつけられる音。ここは実は三階だった。
「窓を閉めて、鎧戸も」
マルガリータの言葉に、窓辺にいた女官がわけもわからず閉じる。
「なんなんですか」
「窓から入ろうとするなんて、まともであるはずないでしょう」
コンスタンシアは諦観のため息をついた。