度重なること
ミリエルは小さく舌打ちをした。
まずいところを見られたかもしれない。なんとなく困ったような顔をして、マルガリータとよりによってシファ伯爵夫人が、そこに立ち尽くしていた。
たぶん話の内容をほとんど理解できていないだろうが、十と話を聞いていた、遠い異国の人達も、不思議そうに二人を見ている。
「お待たせして申し訳ありません。妃殿下」
荷物を抱えたまま可能な限り優雅にマルガリータは一礼した。
「ご苦労様でした」
やけくそでミリエルも鷹揚に微笑む。
それに合いの手を打つように、カロリンが淑やかに腰を落とし、一礼する。
そのまま無言でマルガリータとシファ伯爵夫人の間をすり抜けていく。
「シファ伯爵夫人、ごきげんよう」
開き直ってミリエルはシファ伯爵夫人に声をかける。
「よろしければ、お茶でもご一緒にいかが」
シファ伯爵夫人は、ミリエルの虚勢を見てとったが、そこは突っ込まないつもりだった。
二人の異国の女性達も不審そうに見ている。
この二人だとてさすがに使用人と貴婦人の区別くらいはつく。使用人の衣装を着た相手に貴婦人の装いのミリエルがペコペコ頭を下げているのはいかにも奇異だったのだろう。
「マルガリータ、お茶はどうしようかしら」
「妃殿下、花茶でしたらよろしいのでは」
マルガリータはお茶うけになりそうな焼き菓子の算段を始めた。
いきなりの来客にコンスタンシアは驚いたようだ。
ミリエルが、お茶の支度をと言えばコンスタンシアはそのまま控えの間に引っ込んだ。
ここは借りている場所、少々要領がわかりづらかったようだが、ミリエルが本国から持ってきた華麗な草花模様の施された茶器セットを用意してきた。
ミリエルは、二人の異国人に通訳しながらシファ伯爵夫人に紹介した。
背の高い栗色の髪はミアータ、背の低い灰色の髪はライララ、二人とも既婚者で。ライララが既婚者だと聞いた時、ミリエルは人のことを言えない身で吹きそうになった。母国の外交関係の貴族の妻としてついてきたらしい。
夫達は、それなりに語学が堪能なので、通訳をしてもらえるが、男達だけでの話し合いの場で、貴婦人の間に取り残されて途方に暮れていたらしい。
ミリエルに声をかけてもらって、よかったと言っていた。
ミリエルも小さく聞こえないように呟く。
ほかの貴婦人は出方をうかがっていたのだろうか。
ミリエルは、ミアータとライララそしてシファ伯爵夫人の通訳に専念した。
三人とも国は遠くても貴婦人らしい会話を交わしている。ミリエルにはできないことだ。
何しろ、ミリエルの特技は上手な急所の決め方。暗器の有効な隠し方。あとは商売上のことしかない。
宮廷規範の覚え方や、その他もろもろ、そのうえ産業関連の資料に目を通していると、ミリエルが貴婦人ぽく詩集や文学作品などをひも解くような時間は確保できないでいた。
「それにしても、どうしてこの国の古語が、この人達の言葉に似ていたのかしらね」
シファ伯爵夫人の素朴な疑問にミリエルは適当に答えた。
「もともと、この国は別の場所にあったんですよ、それが自然災害で国民が全員引っ越しを余儀なくされ、長い旅をしてこの国に落ち着いたと聞いております」
ミリエルがサン・シモン前史を非常に短縮した形で説明した。
円満にお茶会が終わり、ミリエルが三人を見送りながら衛兵に送っていくよう指示した時、ミリエルは目を疑った。
そして確信した。今日は厄日だ。