内緒話
ずいぶんと眺めの良い回廊だ。マルガリータは眼下を見下ろしながら心の中で呟いた。
小高い丘を丸ごと宮殿にしたこの王宮は場所によっては市街地を一望できる。
大きくくりぬかれた窓をぼんやりと眺める。
「どうかしたの」
ささやかな現実逃避に失敗したマルガリータは正面を向き直す。
目の前の小柄な貴婦人はシファ伯爵夫人。ある意味因縁の相手、そして二度と会うつもりもなかった相手。
「まさか、こんなところで侍女になっているとは思わなかったわ」
「剣の腕を買われて、ですか」
マルガリータは嘘はつかなかった。
「あの王妃様は少々複雑な状況に置かれた方でして、また国も最近内乱から立ち直ったばかりそのため、護衛のできる侍女が必要になったわけです」
かつて王太子妃という地位ゆえに、命を狙われた経験のある彼女ならすぐに納得できる理由だろう。
「そう、あんなあどけない方だのに、お気の毒なことね」
そう言って眉を寄せた。
まあ、見た目だけはそうなのでマルガリータは沈黙を守る。
「あの方が待っておられるので失礼します」
「そう、では改めてあの可愛らしい方にご挨拶したいわ、あまり話せませんでしたからね」
そのように言われてしまうと、マルガリータにも何も言えない。
二人は連れ立って回廊を進む。
そして話し声が聞こえてきた。
「なんで知ってるかって、言わなかっただけで、あんたより十年上の連中はみんな知ってたよ」
すらりと背の高い、少々薹が立ったそれでも美形の範疇にはいる女、地味な侍女のお仕着せを着ていても妙に目立つその女が腰に手を当てて言い放つ。
「あの、玉の輿って、うちの母さんのことだって」
ミリエルが、妙にかしこまった態度をとっている
「隣国の王子様に見初められ、誰もがうらやむ玉の輿、ね、数年で夢破れた気分になった」
不意に遠くを見る目になった。
「そう、瀕死の赤ん坊のあんたを抱いて、ぼろぼろになったアマンダ姐さんがこの町に戻ってきたその日に、夢は終わったのよ」
「何があったんですか、それ」
「あんたが知らないことを私が知っているわけないでしょ、というか聞いてないの?」
ミリエルは軽く嘆息して天を仰いだ。
「あっちに連れ戻されたらお姫様教育と、お見合いでさっさと追い出されましたからねえ」
あははーと力なく笑う。
「そうだな、私もさっさと玉の輿をあきらめてよかったと改めて心から思う」
物陰から見ていたマルガリータとシファ伯爵夫人は冷や汗を流して互いを見かわす。
「なんだか、入りにくいわねえ」
「聞いてはいけないことを聞いてしまった気が」
マルガリータは、手荷物を片手に持ち替えてもう片方の手で、軽く眉根をもむ。
「予想を超えて壮絶な話ねえ」