過去のしがらみ
本当はもう書きあげていたのですが、モデムが謎の接続不良でようやくつながりました。
翌日ミリエルは途方に暮れていた。
昨日会った異国人の二人組がミリエルにくっついて離れなくなったのだ。
庭を散策しているミリエルを見かけると、猪のような勢いでつっこんで来るとぴったりくっついて離れない。
『あの、サン・シモンの方なら大概あの言葉は話せます、私についていることはないですよ』
ミリエルがそう説明しても、サン・シモンの人が見分けられないからと言いだした。
ミリエルから見ればそれぞれの国の特徴を強調したドレスが、あるいは地方独特の飾りや布を使った男性たちの礼服が、すべて同じに見えるのだという。
こういうとき、ミリエルに適当なサン・シモン在住の貴婦人の知り合いでもいればそちらに話を振ることもできるのだが。
とにかく途方に暮れている時、目の隅に映ったものがあった。
藍色に、白いフリルのきいたエプロンドレスを着た侍女が足早に歩いて行く。その顔に見覚えがあった。
確か、どっかの伯爵夫人付きになったという、顔見知りのそこそこ大きな商家の娘だ。
長い栗色の髪は白いボンネットに隠され、切れ長な藍色の瞳はどこか苛立たしげだ。
「あの、イレーヌ姉さんだよね」
ああっとどすのきいた声で返答があった。
しかし、豪華なドレス姿の貴婦人に怪訝そうな顔をする。
「あの、今忙しいかな」
恐る恐るそう聞くと切れ長な目が、大きく見開かれて丸くなった。
「ミリエル」
よかった覚えていてくれた。
なんとか仕えている伯爵夫人に話を取り付けてもらえないかそう言おうとした時、相手の口からはとげとげしい言葉があふれた。
「自慢話でも聞かせるつもり」
「は?」
ミリエルが小さく首をかしげた。
「玉の輿に乗ったからっていい気になって、そのドレスでも見せびらかすつもり?」
ミリエルはようやく思い出した。侍女になった少女達の中にはかなり強い玉の輿願望をもつものが数多くいて、イレーヌはその中でも際立ってその願望が強かったはずだ。
「そんなものには興味ありません、私は地道に生きていきます、そんな殊勝なことを言ってたわね」
ミリエルとしては、そうできればしたかったのだが、状況がそれを許してくれなかっただけだ。
「いったいどういう手を使ったのよ」
ミリエルの襟首をつかまんばかりに詰め寄ってくる。
「あのー」
ミリエルはそのまま事態をどう収拾をつけるか悩みながら、声をかけたことを死ぬほど後悔していた。
ミリエルの背後で、二人組が、肩を寄せ合って、早口で何事かしゃべっている。声が小さいのと早口なのとでミリエルにもそれは聞きとれなかった。
「イレーヌ、何をしているの、ご主人様がお待ちよ」
ミリエルの首でも占めそうにしていたイレーヌが振り返る。背後にいたのもミリエルが知った顔だった。
「噂には聞いていたけどね」
その人は小さく眼を細めてミリエルをみつめた。
「カロリン姐さん」
亜麻色の髪はボンネットの上にたくしあげられ、その下のアイスブルーの瞳は冷然とした光を宿す。
カロリンはミリエルより一回り上の、いわゆる顔のお姐さんだった。
「お久しぶりです」
数々の武勇伝を聞き継いできたミリエルの背中に嫌な汗が伝う。
先ほどとは別の意味でやばい、しかし、伝説の女はミリエルを悠然と見降ろしていた。
苦々しげに舌打ちしてイレーヌが踵を返す、その時、確かに聞いた。
「貧乳の癖に」
そう呟いたのを。