既知
パソコンが送信しようとすると接続が切れます。温度のせいでしょうか。
マルガリータはあわてて顔を引き締める。今は仕事中だ。
ミリエルが怪訝そうな顔で、自分を振り返る。
「どうかされましたかな」
サン・シモンの大臣らしき人がそんな二人を見て目を瞬かせた。
ミリエルはそのまま見なかったことにするようで慌てて前を向き直す。
「シファ伯爵夫人、こちらがサヴォワ王妃ミリエル殿下。こちらがアトワイト公女マリアン様、エスペラント王女ミモザ殿下」
シファ伯爵夫人が一礼した。伯爵夫人とは言え、元々の身分は一国の王女だったと紹介されミリエル達も一礼する。
言われた地名にミリエルは目を丸くする。
「ずいぶん遠くからいらしたのですね」
当たり障りのない言葉、しかしミリエルはその地名を別の意味で知っていた。ミリエルは細めた眼をマルガリータに向ける。
マルガリータは小さく頷いた。
小柄で華奢、繊細で愛くるしい美貌。しかし、マルガリータより小さかったが大柄で出るところは出ていた姉好みだったあの王太子の好みではなかったのだろう。
長い黒髪は複雑な形に結いあげられ、その下の小さな可愛らしい顔は忘れようもない。
彼女が身じろぎするたびに甘い香りが漂う。
かつて実の姉が王太子妃の座から追い落とした相手、そして姉を破滅させた相手、両社壮絶な合い打ちだったが、結局相手の身分の差で、姉だけが奈落に落ちた。
今家族がどうしているか、知るすべはない。あちらもマルガリータがどうしているか知らないだろう。シファ伯爵夫人はきれいにマルガリータを無視した。
この場に控えている女官のお仕着せを着た女に、主以外が声をかけるはずもなかったが。
空々しい会話が周囲に広がる。
ミリエルは一礼すると、別の輪に向かう。
リンツァーの貴婦人がミリエルを手招いていた。
リンツァーの宰相夫人はミリエルを呼ぶと、サヴォワの復興について話を聞きたがった。
リンツァーには復興のために多額の借財がある。農地の再整備がまだ途中であり申す年かかりそうだとミリエルは伝えておいた。
基本的に当たり障りのないことを言っておくことにしている。どの道男性陣がそうしたことを話し合うために来ているのだから。
宰相夫人はミリエルのつけている首飾りに目をとめた。薄桃黄色薄青三色の真珠がとり混ぜられた首飾りだ。
「真珠は被害を受けておりませんから、むしろ最終ができなくて大粒に育ったものもございますから、ご要望がありましたら商人を派遣致します」
外貨を稼げそうなものは真珠しかないと思いミリエルはここを先途と売り込んだ。
ミリエルの意気込みを軽く受け流し、宰相夫人はさっきまでミリエルがいた方向を見る。
「そう言えば見慣れない方がいらしておられましたが」
「ああ、南の方の」
ミリエルはここからはるか遠くの国の名前を言う。
「おそらくサン・シモンの商業ルートの広さを知らしめるために招待されたのでしょう」
ミリエルは扇で、口元を隠した。
先ほど嗅いだ甘い香り、その正体をミリエルは知っていた。
シファ伯爵夫人はある騎士の旅立ち参照です。