ミリエルの平穏な日々
手早く天幕が張られ、馬車を横付けする。ミリエルの姿が人目に触れないよう、マルガリータとコンスタンシアが、帳を掲げて、ミリエルの姿を隠す。
一般庶民の目のあるところではお妃様はむやみに姿を現すものではないのだとか。
ミリエルは苦く笑う。ミリエルは一般庶民の暮らす街で育った。それを考えれば何をいまさらという気持ちだ。
しかし、しきたりはしきたり、どんなにばかばかしくとも目に見える弊害さえなければ大概のことには目をつぶろうと、ミリエルはいつになく寛大な気持ちでそう思った。
椅子は繻子の布こそ使っているが、持ち運びに便利な折り畳み式だ。
手早く髪を結い直す。
「マルガリータって、こういうことは意外に上手だよね」
櫛を操るマルガリータにそう言えば、マルガリータは苦笑した。
「昔、やたらおしゃれでそう言うことに凝るやつが身内にいたからな」
マルガリータの過去をいくらか知っているミリエルはそのまま黙る。
マルガリータは髪飾りを二つほど取り替えた。
コンスタンシアが、大小さまざまな刷毛を取り出し、ミリエルの顔を作る。
ミリエルは、大小さまざまな刷毛がコンスタンシアの手で色粉をまぶされるの見ていた。
コンスタンシアはミリエルの目を青く彩ることにしたらしい。
コンスタンシアとマルガリータがそれぞれの道具箱を片づけると。衝立にレースの布をかけてミリエルの背後と左右を囲んだ。
その背後に、自分達の道具類を隠す。これは毎度サヴォワを出てから何度も繰り返されたこと。それを見るたびに、これは芝居の舞台装置のようだと思う。
雑多な道具を隠し終えたらミリエルの左右に控える。
そして、入口に見える人影に合わせ、ミリエルは唇を軽く釣り上げた。
何度も繰り返された茶番劇。最初は数えていたが、もう数える気もないそれを再び繰り返した。
空疎なほめ言葉と要求、とりあえずミリエルにできることは、夫に聞いておきますというだけ。
「最近、平和ね」
ため息交じりに呟く。
「お前の愛器を利用する事態になったらそれはそれで大変なんだが」
すっかり呼吸が合うマルガリータが、こつんと仕草だけでミリエルの額をこずく。
国内の混乱は徐々に収まりつつある。
商店もそれなりに充実しつつあり、壊された建物も修復されたり新たに建てられたりするので、ひと月ごとに城下町の景色は変わる。
そんな中、ミリエルの生活も落ち着いてしまった。
「単調な生活か」
ミリエルは一応王妃なので、庶民よりはかなり贅沢な暮しをしている。庶民だったときもそれなりに生活は単調だった気がするが、やはりなんだか質の違う単調さだ。
「これからは、まっすぐに、サン・シモン王宮に向かいます」
護衛騎士がそう言うと、ミリエルを再び馬車に戻した。
馬車の中から見える景色は、なんとなく見覚えのあるものに変わっていた




