言祝ぎの日
歳月は流れる。誰の上にも平等に。
そしていずこの国にも平等に。
それぞれの国の思惑も手伝い、サヴォワは一応の平穏を取り戻していた。
王太子が各国の承認を受け即位し嵐の日々は終わった。
彼はようやく戻れた故郷に立っていた。
周囲の群衆は何人かは泣きむせんでいた。これまで生きていた苦難の日々を思い出してのことだろう。
彼自身にも苦難の日を象徴するかのように頬といわず額といわず細かな傷が走っていた。それは隠れる衣服の下にもまたおびただしくついていた。
それはサヴォワ王都カラバール、王宮前広場には群衆が歓呼の声をあげていた。
王がバルコニーに立ち。民衆に手を振っている。
精悍でりりしいと評判だが、彼のいる位置からではその顔だちを探るなど夢のまた夢だ。
それなりに恵まれた体格をしているのだけかろうじてわかる。
その傍らには王妃。
王がかなりの長身という噂を差し引いてもかなり小柄で華奢な女性のようだ。
ただ、その髪が、日の光を受けてキラキラと輝いているのが分かる。
それは金を帯びた銀。それとも銀に近い金。
どちらともいいがたいその輝く髪を見ていると彼の脳裏に嫌な記憶がよみがえった。
輝く髪と白い粗末な綿の服を汚す赤い血。
相当な痛みのはずなのに、それをおくびにも出さない張り付いた無表情。そして丸い宝玉のような緑の瞳。
それは彼の脳裏に焼き付いている。
正確にはそれだけが。
細かな顔立ちなど忘れたが、その輝く髪と瞳の色だけはしっかりと覚えていた。
受けた傷をものともせず彼を無造作に殴り倒した。そして倒れた彼を見下ろす冷たい目。
気のせいだろうか。
王妃の髪の色がその時に見た髪の色とそっくり同じに見えるのは。
思い出してしまった嫌な記憶を軽く首を振って振り払い、彼は前を見た。
もう後ろを見る日々は終わったのだ。
「まさか、だよな」
小さく呟く。そしてバルコニーに向かって大きく手を振った。
サン・シモン過去編はこれでおしまい。次回、サヴォワ王妃となったミリエルがサン・シモン王宮に現れます。
ミリエルと乙女武装隊の掛け合いが中心になる予定です。