戴冠式 後日2
どんな祝い事があろうとどんな騒ぎが起きようと日が昇れば朝が来る。
ミリエルは正午近くに仮眠から目を覚ました。
のろのろと身を起こすと、ずらりと並んだ女官たちが、ミリエルを取り囲み、お支度をさせる。
ミリエルは、髪を結い上げられ、薄緑の絹の衣装に身を包むと、方に、手の込んだ刺繍を施された肩掛けをはおる。
絹より毛織のほうが暖かいのではとミリエルは思ったが、そんなものを身に着けてはミリエルの沽券にかかわると女官たちはいやそうな顔をする。
「ミリエル様、陛下が昼食はご一緒にと」
王太子改め、国王レオナルドの申し出は逆らうことを許されない。
どの道逆らうつもりもないが。ミリエルは、了承の意を伝えると、鏡を覗き込んだ。
化粧と、身につけた宝飾品で相変わらず自分とは思えない顔だ。
「できれば二人きりでというお話なので、女官方はご遠慮ください」
その言葉にミリエルは首をかしげた。
ミリエルが食卓につくとすでにレオナルドは座っていた。
「他国の重臣方と会食ではないの?」
「それは晩餐にね、とりあえずミリエル、君に話しておかねばならないことがある」
レオナルドはそう言ってミリエルに座るよう促した。
食卓に料理を置くと給仕たちはそそくさと出て行く。後に残るはレオナルドとミリエルだけだ。
スープカップに手をやるミリエルにレオナルドはささやくような小さな声で語る。
「きみには謝るべきなんじゃないかと思うんだ」
ミリエルは首をかしげる。
「俺は君を信じていない、いや君だけじゃない、自分の周りで忠誠を誓って跪く部下達、同盟国の君主にいたるまで信じることができない」
そのときレオナルドの顔に浮かんでいたのは自嘲だろうか。
「だから奴に裏切られてもああそうかですんだよ」
レオナルドがそう続ける。そしてびっくりしたようにレオナルドを見つめるミリエルはその雰囲気を見事にぶち壊した。
「それでいいんじゃない」
あっけらかんと、今日の献立の相談を受けたかのような顔でレオナルドをあっさり肯定する。
「というか、貴方の立場でひょいひょい人を信じたらだめだと思うけど」
ミリエルは真面目な顔をしていた。レオナルドには理解できない類の思考でその結論に達したのだろう。
レオナルドはてっきりミリエルになじられると思っていた。自分を信じてくれないなんてひどいと泣かれるかと、あっさりと許すとはまったく考えていなかった。
「君はそれでいいのか?」
「だってそんなの当たり前でしょ」
ミリエルはまったくそう信じている顔だ。
「おじいちゃんも言ってたわ、信頼は得るのに時間がかかるが、失うのはあっという間だって、私たち、知り合ってそんなに時間がたってないし、信頼を築く時間なんてないじゃない」
またおじいちゃん、この兄妹の祖父なる人物が、どれほどの影響力を持っているのか、レオナルドは真剣に、調べたくなった。
「おじいちゃんは、信用にお金がかかるとも言ってたし、そんなにお金を使った記憶もないし、だから信用も信頼も私たちの間にないのが当然なのよ」
理路整然としているようでどこか納得できないミリエルの言葉にレオナルドは頭を抱えて、それから馬鹿らしくなった。
「君がそれでいいなら、まあいいけどね」
この猜疑心だらけの自分を肯定してくれるということなのだろう。
「そうよ、だって信頼は、これから築くものでしょう、これからの私の努力しだいだもの、今はいいの」
ミリエルが微笑む。なんだか負けた気がした。
「それじゃこれからどうしようか」
「まあ、とりあえず、恩は返して、味方には十分な褒章を払って、それで裏切ったら切り捨てる、それくらいの対応でいいんじゃない」
「普通だね」
「有効だから普遍的なのよ」
ミリエルが言い切る。
「これからよろしく、ミリエル」
レオナルドはとりあえず、少しだけ、ミリエルに信頼を積み重ねた。
自分の妻になることでミリエルは更に困難に立ち向かうことになるが、たぶんミリエルならくじけない、そんなミリエルにはうれしくない信頼を。
これで本編は完結です。後日二編ほど番外編を掲載して完結ということになります。
今まで読んでくださったかたがた、特に最初から呼んでくださった方々に感謝いたします。