戴冠式 当日7
ミリエルがいなくなった後、レオナルドとパーシヴァルはならんで舞踏会を見下ろしていた。
「お前いいのか」
レオナルドが小声でささやく。パーシヴァルは穏やかな笑みを浮かべている。
「最初の一撃さえ交わせば、後は部下が何とかしてくれる。それくらいできない人間を特殊部隊に入れるほどやわな組織じゃない」
「いや、その、今ひとつ理解しがたいんだが、商人の娘の特殊部隊っていったい」
「まあ、そのうちわかるさ、今は説明している時間がない」
「そのことはな」
レオナルドはさっさと本題に入れとパーシヴァルに詰め寄った。
「実は、リンツァー上層部がミリエルとの結婚をごり押ししたのには理由があってね」
小さな声で爆弾発言をする。
「色々と厄介なんだよ」
パーシヴァルは冗談めかして言う。
レオナルドはパーシヴァルがこれから何を言おうと絶対に表情に出さないと心に決めて、顔を引き締めた。
「君の即位に不満を持っているのは、今じゃサヴォワ国内よりも国外のほうが多いんだ」
パーシヴァルは目を伏せた。
そして、物欲しげな目をした令嬢が、レオナルドに媚を売る顔でニタリと笑う。
本人は清楚ではかなげな微笑を浮かべたつもりなのだろうが、レオナルドにはそう見える。
「陛下、どうか祝福の言葉を述べさせてくださいませ」
ほのかにというには濃すぎる香料の匂い。この手の女を見分けるには香料をどれくらい使っているかというのも目安になるなとレオナルドは思う。
この手の女ほど香料を無駄遣いするからだ。
そして思う、さっさと行ってもらえないだろうか。この女がいる限りパーシヴァルは続きを話そうとしないだろう。
声は美声だが言葉は空疎だと思う。それが祝福の言葉に対する唯一の感想だった。
物欲しげにうろうろしていたが自分がどちらの関心もひけていないことを自覚するとそそくさと去っていった。
ミリエルがいないとまたあの手のやからが湧いて出るのだろうか。
「リンツァーはもちろん全面賛成だよ、問題はある期待をなさっていた方々でね」
パーシヴァルはうんざりという顔で続けた。
「人の欲には限りがないってことさ」
パーシヴァルは小さな声で伝えた。
「サヴォワの近隣諸国の一部だけど、正当な王位継承者消滅を大義名分にサヴォワ分割統治を言い出した連中がいる」
レオナルドは眉をひそめた。
「正当な王位継承者はここにいる」
「そうだね、だから、君がいなくなったら、今度こそそうなると期待している人間がいるのさ、そして新しい王位継承者を生み出さないためにミリエルも狙われたと僕は考えている」
「だが俺は即位した」
「ああだから、彼らも焦っているのさ、もともとほめられた話じゃない。正当な王が立てばそれでおしまいが大多数だ。それに、サヴォワ分割って言ったって、どの地区をどの国が取るか、それを争い出したら戦争になる。むしろそれをリンツァー側は警戒してるみたいだね」
パーシヴァルは物憂げにつぶやく。
あわただしい足音が響く。舞踏会の輪を引き裂いて軍人たちが駆けてくる。
「ああ愚か者が行動を起こしたか」
報告は聞く前からわかっていた。