戴冠式 当日4
結構ハードスケジュールなのではないだろうか、それがミリエルの偽らざる心境だった。
先ほど戴冠式を終えて、少々飾り付けを手直しされた大広間で、一段高い場所にミリエルとレオナルドは並んで座っていた。
ミリエルのそばには女官たちが固まっており、レオナルドのそばにも騎士団が、そしてひっきりなしに、賓客たちが挨拶に来る。
ミリエルはその脇であいまいな笑みを浮かべているだけだった。
さっきにはいつでも反応できるように心がけていると、貴婦人らしい対応をとることができない。
ミリエルは不意に杯を差し出され無意識にとろうとした。しかし、いきなりマルガリータにもぎ取られる。
あわてた女官がマルガリータに詰め寄ると、マルガリータは無言で杯の内側を覗かせた。
そして人差し指を唇に押し当てる。
何事かミリエルには理解できなかったが、とっさに目の前の賓客ににっこりと微笑みかけて、ねぎらいの言葉をかける。
そして、レオナルドの即位について適当なでっち上げの美辞麗句を重ね、できるだけ賓客たちの視線を集めて、ただ事ではない顔をしているマルガリータからそらした。
パーシヴァルがミリエルの元に現れた。
そして、まるがりーたたちの様子を一瞥すると、そのまますたすたと近づいていく。
「ああ、君たちもご苦労だったね、いつもミリエルに仕えてくれて」
柔和な笑みを浮かべて女官たちをねぎらいながら、マルガリータの手元を覗き込む。
「誰がミリエルに杯を渡したか、見ていた?」
小さくマルガリータが頷く。パーシヴァルはスカーフを使って、杯を手元に隠しながらその場を後にした。
レオナルドは、隣国の大臣と話しながら一部始終を横目で見ていた。
そして、今度はマルガリータ自らが用意した杯をミリエルに持たせた。
こっそり杯を持ち出したパーシヴァルは、そそくさと大広間を出て小さくため息をつく。
杯の底はうっすらとどす黒い色に染まっている。
とっさにマルガリータが気づいて取り上げたが、ミリエルは、銀製品を貴族以上のものが使う意味に気づいているだろうか。
「これはこれは、王弟殿下のご子息、お久しぶりですな」
何度か会ったことがある、サン・シモンの軍人だった。
彼は、使節や来賓の護衛として各国を回ることが多い。
「それは妹君の」
見られてしまったことにパーシヴァルは舌打ちしたくなった。
「まあ、妹君はサン・シモンでも恨まれておりますからね」
悪戯そうな笑みが男の顔に浮かんだ。
「ウォルバーグ卿、何かご存知ですか?」
「いえ、うちの部下にも、妹君に対して殺意を抱く理由があると申したいだけですよ」
とんでもないことを言われて、パーシヴァルは目をしばたかせる。
「もっとも過去の恨みで、自国の立場を危うくするような不届き者は私の部下にいないと信じておりますが」
軽く笑い飛ばされて、パーシヴァルの眉根にしわがよる。
「では、何がおっしゃりたいのですか」
「どうやら、このままサヴォワが安定を取り戻されては困る人間がいるようだ」
その言葉に、パーシヴァルの唇に浮かんだのは不敵な笑みだった。