戴冠式 当日
その日は、夜明けからミリエルは忙しかった。
いや夜も明けないうちから叩き起こされ、そのまま強制的に風呂に放り込まれた。
そのまま上等なスポンジで身体中こすられて、その後、たっぷりと髪に香油がすりこまれ、丹念にくしけずられた。
窓を見ればまだ星が見える。
風呂上りに、軽い上掛けを羽織ったままの姿では、暖炉に灯がともっていたとしても底冷えする寒さに歯の根が合わない。
女官たちはさまざまな瓶をミリエルの前に並べる。強い香料の匂いが鼻を突いた。
今日はどれほどこってりと塗られるのだろう。ミリエルはうんざりとした顔で鏡に向き直った。
レオナルドは寝床の中で薄く眼を開けていた。普段は寝る間もないほど体を酷使していたが、夕べは今日はなるだけ早く体を休めてくれとく重臣たちの言葉に、早い時間に寝台に入ったのだが、普段と違う中途半端な時間に寝てしまうと、かえって眠りにくく妙な時間に目が覚めてしまった。
昨夜、レオナルドが休む時間ぎりぎりにパーシヴァルが戻ってきた。
「まあ、結局とんぼ返りさ。もう間に合わないかと思ったよ」
そう言って、再びもと使っていた部屋に勝手知ったると言う様子で同じく寝に行ったパーシヴァルはたぶんゆっくりと寝られただろう。
結局ただ横になっているのにも飽きて起きることにした。
固い官職の髪をわざと両手でぐしゃぐしゃにしてみる。
これで寝乱れたように見えるだろうかと妙なことを考えてみた。
枕もとの水差しから水を注ぐ。
銀杯が黒く変色した。
「残党か、それとも別の思惑を持つものか」
夕べは水を飲まなかった。寝ている間に仕込まれたか、それとも水差しを用意されたときにはすでに仕込まれていたのか。
「寝起きなら何とかなると思ったのかね」
銀は毒に反応する。どんな時でも何か飲むときは銀杯に注ぐ習慣ができている。無論銀杯は万能ではない。銀に反応しない毒物もある。
そうした珍しい毒物を入手できないというところから、背後を読み取る手がかりにできる。
眠ったか、眠らなかったか判別つけがたい状態ではあったが、それでも寝台に横になっていたぶん身体は休めている。
レオナルドは寝台から降りると、呼び鈴を引いた。
ミリエルは、まだ昼も遠いのにすでに疲労困憊状態だった。
糸のように細い金糸を組紐に編んだもので、髪を結い上げられ、宝冠をつけられた。
組紐も、宝冠もすべて純金。たとえ小さくともその重量は相当なものだ。
更に、普段はつけない大振りな宝石のついた耳飾や、首飾りを身につけさせられ。肩から上が以上に重い。
更にその上に長大なマントが待っている。
星が見える時間から始まったミリエルのお支度はだいぶ日が高くなるころにようやく完成に近づいた。
「おなかすいた」
ミリエルの悲痛なつぶやきは、当然のように無視された。
ミリエルがわずかにその空腹を満たすことができたのは、更に一時間後のことだった。