戴冠式前日 4
彼は部下たちを横目で見た後呟いた。
「見たか?」
部下たちは無言で頷く。
銀と見まごう金髪に、鮮やかな緑の瞳。華奢な肢体。彼らの目に焼きついたその顔は間違いようもない。
「何故、あいつが」
「来年サヴォワ王妃になるらしい」
その言葉は爆弾だった。その場にいた部下たちは床にくずおれた。
「終わった、世界は終わった」
床に額を押し当てて呟く部下たちを見下ろしながら彼はため息をつく。
「それほど大げさな事態じゃない」
「何がです、あれが王妃ですよ」
スティーブン・ウォルバーグは本気で部下の動揺が理解できない。
「あれはもともとサフラン商工会の大幹部の孫だぞ」
世界に及ぼす影響力が、裏か表かの差でしかないと思う。
「どういうことか、調べてみるか」
面倒くさそうに彼はひとりごちた。
床の上で部下たちは悲壮な表情で頷いた。
ミリエルは、賓客たちの細君に囲まれて、冷や汗を薄化粧に押し隠しながらお茶会を催していた。
茶葉はリンツァーから持ってきたもので、品質は折り紙つきらしい。
ミリエル本人は茶葉のよしあしなどよくわからないがおおむね好評のようだ。
リンツァーから来た女官たちが再拝して、それなりにお茶会は盛況だ。
ミリエル本人は、詩や物語などそうしたものに皆目興味はない。そのためただ笑っていることしかできない。
ある程度話ができるのは、皮肉なことに政治や経済の分野だけだった。
ところが今度はその話題になるとき婦人たちがしどろもどろになる。自国の特産品のこともさして詳しくなく。反対にミリエルが説明する始末だった。
「姫君はやはり王に嫁がれるだけあって、ずいぶん難しいこともご存知なのですね」
ミリエルはあいまいに笑う。
これはどちらかといえば、サフラン商工会で得た知識だ。
その知識を身につけたときは、ミリエル自身。自分が王妃になるなんてかけらも思っていなかった。
適当に場をごまかしながら、お茶会は進んでいく。
花や、焼き菓子など、どうやって調達したんだろうと、ミリエルは不思議に思う。
焼き菓子は、職人が復職したのかと思ったが、この寒空に花はどうやって手に入れたのだろう。
ミリエルにとって果てしなく苦痛な時間は、それからしばらく続いた。
お茶会が終わり、ミリエルの元に、女官の一人が、帳面を差し出した。
その帳面には、貴婦人たちの国籍と身分。そしてこのお茶会でどのような会話があったか克明に記されていた。
「確認されましたか姫様」
ミリエルは頷くと帳面を取り上げ、女官は部屋の隅に戻った。
いつのまに書いたんだろうとミリエルは冷や汗をかく。
これから先の前途が少々危ぶまれた気もしたが、慣れるしかないと割り切った。