戴冠式前日 2
ミリエルが戻ったときには、すでにドレスは片付けられていた。
それにほっとしたミリエルは、お茶を入れるように命じた。以前頼んだら、しばらく説教を食らったからだ。
リンツァーからの女官は、お茶や香料の類はふんだんに持ち込んでいた。
ミリエルが今までなめたこともないような上等の蜂蜜も含めて。
その蜂蜜をたっぷり入れたお茶を片手に、マルガリータと、城の最上階から見た市街地の復興振りを話す。
「それなら、後十数日で、各国の賓客が現れるでしょう」
「賓客は、基本、リンツァーの者のみと面会なすっていただきます」
傍らにいた女官がミリエルにそう宣言した。
「リンツァーのみ?」
「ミリエル様は、王太子、これから王になられる方の婚約者ですが、同時にリンツァーの王族でもあります。正式な婚儀の前にあまりでしゃばったことはなさらないほうが」
ミリエルはその言葉を一考してみる。基本あまり貴婦人とは言いがたい身だ。そうなるとあまり顔をあわせないほうが、お互いのためかもしれない。
「その辺は、サヴォワの重臣や殿下ときちんと話し合ったほうがいいと思うけど」
「そうですね、ですが決してでしゃばりといわれる行動だけはとられないように」
女官は何度も念を押す。
ミリエルはやれやれとため息をついた。
レオナルドは招待状の返事を確認していた。
「ほぼ出席で返事がきているか」
その束をうんざりと見ている。招待客が大量にくるのは確かにありがたいが、そのために客一人につき相当の予算を組まねばならない。
無論、ただの一人の賓客の姿もない戴冠式は相当に侘しいが、ただでさえ逼迫した予算でどれだけのことができるか。
無論吝嗇の二文字を言われることなしに。
この難問にレオナルドは帰城してからずっと悩み続けていた。
リンツァーからあてがわれたミリエルが金のかからない女で本当によかったと心から思う。
あれで宝石がほしいのドレスを新調しろだの言われたら、頭をぶん殴りたくなるかもしれない。リンツァーの使者は疑っていたが、ミリエルに不満は基本的にない。
ミリエルに対しての信頼。ミリエルは微妙な顔をしていたが基本嘘はない。
ミリエルは自分の力、戦闘力でも権力でも、使うときは使うが濫用は基本しない性格だ。使いどころをきちんと考える頭がある。
そのあたりを見極めて、ミリエルをレオナルドは買っているのだ。
ミリエルがやってきたと先触れがあった。
「入っていいと伝えろ」
それからミリエルが現れたのはすぐだ。ミリエルはどこか困ったような顔をしていた。
「もしやリンツァーから来たドレスの件か、あの引きずるマントは、王妃に準じる長さだ。リンツァーの面子のため、我慢して着ろ」
ほかにミリエルが困ることが思いつかなかったのでそう言ってみた。
「いや、そうじゃなくて、賓客の相手はどうすればいいの」
「ああ、そうだな、お前の面会に関しては。こちらで管理する。申し出があって、まあ、相手のことを考えて決める」
ミリエルは言われたことを吟味する。
おそらくレオナルドは、そちらの都合のいい相手だけミリエルとの面会を許すつもりなのだろう。
「まあ、リンツァーと、サン・シモンの賓客が主だろうが」
ふと、ミリエルの脳裏に記憶がはじける。
サン・シモンの貴族。かつて、身分無用の武道大会でミリエルは好成績を収めている。
たぶん、サン・シモンの貴族階級には、ミリエルのモーニングスターの前に散った人間が何人かいるだろう。
ミリエルの顔から勢いよく血の気が引いた。