リンツァーからの使者
「殿下、兄の下に、リンツァーの陛下から使者が参りました」
ミリエルは済ました顔で、そう切り出した。
「使者が」
いまだサヴォワ国内は、安定を欠いている。その中わざわざ使者としてやってくるとなると、相当の労力を要す。
「使者はまだパーシヴァルのもとにいるのか?」
ミリエルは小さく頷いた。
「伝言、ご苦労。ミリエル、バラバ侯爵に挨拶を」
「お初にお目にかかります」
ミリエルはスカートをつまんで一礼する。最近はやっていなかったが、リンツァーで叩き込まれた成果は一応上がっている。
涼やかなその横顔を決まり悪げに先ほどまで陳情していたバラバ侯爵が見ている。
「ミリエル、昨今サヴォワに出回っている噂を知っているか?」
ちょっとしたいたずら心だった。
「そなたが、忠信篤い大臣を陥れたという噂だ」
横で見ていた貴族、バラバ侯爵は凍りついた。しかし、ミリエルはかすかに微笑んだだけだ。
「そのような噂が立つのは、おそらく私が新参者だからでしょうね」
ミリエルは淑やかに一礼して見せた。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、皆様が私を信じていただけないのはよくわかっております。私のことをよく知らないのですから。疑われても仕方ありませんわ」
ミリエルの落ち着きぶりにレオナルドは焦った。もとより、ミリエルがそのような誹謗中傷をと泣き喚くと思っていたわけではない。
それくらいしゃあしゃあとかわす性格だと思っていたが、ここまで動じないとは思っていなかった。
「私を信じていただけるか否かは、私のこれからにかかっているということですわ。ですから今は信じていただけなくてもいいんです」
すさまじい猫だとレオナルドはうめいた。清楚で控えめなお姫様にしか見えない。ミリエルは一礼すると、パーシヴァルのところで待っていると告げた。
出て行ったミリエルを見送って、レオナルドはため息をつく。
「不見識をお詫びします」
バラバ公爵の言葉にレオナルドは苦笑した。
あれくらい食わせ物でなければ、リンツァー国王の目に留まるはずもないかと。
そして最初にあったときのミリエルの印象を思い出した。
はかない銀細工の少女。
あの化けの皮がどれほどもつか、それとも更に分厚く積み重ねて進化していくのか、先行きがとても楽しみだとレオナルドは思った。
パーシヴァルは神妙な顔で、サヴォワ国王からの書状を見ていた。パーシヴァル宛のそれには、帰還要請とはっきりと書いてある。
実質レオナルドがサヴォワの主導権を握った今、パーシヴァルを呼び戻して少しでも早く実情を探りたいということなのだろう。
「もう少し、後かと思ったんだが」
パーシヴァルは書状をもてあそびながらため息をついた。