次の段階へ
ずらりと並んだ女官たちにミリエルはため息をつく。
とうとう来てしまった。自由な時間は終わりだ。女官たちとはなれ、結構素に戻ってしまった自分を貴族のお姫様に切り替えねばならない。
女官たちは、ミリエルの地味な衣類に顔をややしかめた。そのままミリエルの脇を固め、ずるずると控えの間まで引きずっていく。
その後を、衣類を詰めた長持ちを引いた女官が続いた。
どこか訴えかけるような目をミリエルはマルガリータに向けたが、マルガリータは無言で首を横に振った。
レオナルドはいままでの業務に加え、新たに判明した反逆者たちの処置も決めねばならず、寝る間も惜しんでという業務状態に陥っていた。
更に、新たに仕掛けられた秘密通路や、それに改造されていた地下施設の再工事などやることは山積みだ。
果たしてこの先戴冠式を挙げる暇が作れるだろうかと本気で危惧するほど、レオナルドの業務は立て込んでいた。
これから、まずサヴォワ国王として戴冠し、更にミリエルとの結婚式まで、儀式が目白押し状態。体がいくつあっても足りないと実感した。
先ほど、リンツァーから派遣されていた女官たちが到着したという知らせが入ったが、上の空で聞き流してしまった。
今頃は、ミリエルは今までの自由が終わったことをひそかに悲しんでいるだろうが。それも今だけだ。
そのうち人脈やらを作り出して、再び好き放題を始めそうな気がする。
いや、確実にそうするだろう。
それに、リンツァーから来た女官は、半数は、いずれリンツァーに帰すことになっている。
ミリエルの元に、サヴォワ人の女官をつけなければならないからだ。
しかしそれも先のこと、今現在片付けなければならない問題にレオナルドは向かわねばならなかった。
「どうしても信じられないのですよ」
件の老人は人徳の人として知られていた。そのため、このように何かの間違いではないかと陳情してくる人間が後をたたない。
レオナルドとしては現行犯逮捕に近い状況だと思っていたため適当に受け流していた。
「しかしだ、監禁されていたミリエルと一緒にいるところを捕らえられたのだ。どのような間違いがあったと?」
「恐れながら、ミリエル様は本当に信用できるので」
裏であの老人は、ミリエルに対し、疑惑を振りまいていたらしい。これもまた聞き飽きた内容だ。
「ミリエルの年齢は知っているな」
何度も繰り返した説明を再び繰り返す。
「たった十五だ。そして、あの秘密通路は明らかに数年がかりで作られたものだ。私以外の古参もあんなものは知らないと言っていた。初めてサヴォワ城に来たミリエルが知っていたはずもない。知っていたとしたら大問題だ。サヴォワ城の秘密を我々よりリンツァーの人間のほうがよく知っていたことになるからな」
そこまで言われればミリエルの陰謀説は引っ込めざるをえない。
それに、ミリエル陰謀説にしがみつきたがっているのは、ミリエルが異国人であることも大きいだろう。
ミリエルが犯人であれば自分たちの傷は浅いと思っているらしい。
明らかにつじつまが合わないこともレオナルドが指摘するまで気がつかない。あるいは気がつかない振りをしている。
衣擦れのかすかな音を立てて、ミリエルが入ってきた。
今日は一段と飾り立てている。
気まずげな顔で先ほどまで陳情していた相手が脇に下がる。
「殿下、このような場所にまいりまして申し訳ありません」
ミリエルは淑やかに一礼した。
久しぶりに見るミリエルの正装はなかなか見ごたえがあった。
ミリエルはひさしびりに、紅く塗られた唇を開いた。