逡巡
目の前での老人の戯言をレオナルドはただ聞き流していた。
信用だと、いったいそれは何の言葉だ。国を追われてから、あったのは裏切りの連続だけだ。手を差し伸べてくれた相手は打算含み、それでもその手をとらねばならない。
自らの打算のために。
もともとそんな世界の住人だったのだと、レオナルドは悟った。
自分に無償のてなど存在しない。あるのは打算で裏打ちされた笑顔だけ。
そのことをいやというだけ悟らせてくれたのがナダスティの反乱だったのだ。そして背後でそれを行った相手は自分の信頼がほしかったのだという。
そんな気持ちをすり減らさせてくれた相手が何を言うのかと笑ってしまう。
レオナルドの唇に浮かんでいるのは、何一つ温かみというものを感じさせない笑みだった。
「どうして反乱を起こすことが、信頼を得ることになるのだ」
「あのまま、貴方のそばにいたとしてもただ凡百の臣の一人でしかなかったでしょう」
老人は恨みがましい目でレオナルドを睨む。
「すべての臣が逃げ落ちたそのとき、私が殿下を支えることができれば」
老人の繰言を、レオナルドは聞いていなかった。
「取り押さえろ」
ただそう一言命じた。
「近づくな、この女の命はない」
そういって、コンスタンシアの髪をつかんで引き寄せた。
「この女が死ねば、リンツァーからの援助を受けられなくなる」
血走った目で、コンスタンシアの首を抱え込んで隠し持っていた刃物を突きつけた。
「なるほど、信頼が聞いてあきれる」
レオナルドの動じない様子に、老人は躊躇の姿勢を見せたが。それでもコンスタンシアの首を締め上げる。
「道をあけろ、この女が死ぬぞ」
すでにすがるものはこれしかないとしゃがれた声で叫ぶ。
「逃がすな」
レオナルドは一言、部下に命じたのみ。
「この女が死ねば、リンツァーの……」
「ひとつ聞いていいか、どうしてミリエルを排除しようとした?」
老人は、腕の中のコンスタンシアを一瞥する。
「私はただ、リンツァーの干渉を防ぎたかっただけです。リンツァーの王族を娶ればいま弱っているサヴォワはそのままリンツァーの隷属国になりかねない」
「そもそもここまでサヴォワを弱らせたのは誰だと思っている」
もはや、話をする気もうせたレオナルドはきびすを返す。
「この女を……」
再び同じことを繰り返そうとした相手に振り返りもせずに、レオナルドの口から出た言葉にミリエルは目をむいた。
「殺したければ殺せばいい、どのみち、その女はミリエルじゃない」
言われてようやく、コンスタンシアの顔を覗き込んだ。ようやく別人だと気づいた老人が、コンスタンシアをそれでも刃物に力を入れる。
先ほど、コンスタンシアを引きずっていた男の一人が、老人からコンスタンシアの身柄を引き取っていた。
「あ、ウォーレス」
マルセルが振り返って言う。
ミリエルは、どちらに歩いていいのかよくわからず、その場に立ち尽くしていた。
レオナルドと、一団を離れた騎士が歩いていく方向をミリエルは振り返ったが。歩き出すことはできなかった。