渡に船2
ウォーレスは、そろそろミリエルに接触をとろうと考えていた。
ミリエルと、サフラン商工会との連絡手段を確保するためにだ。
ミリエル王妃就任は、当然ながらサヴォワ経済にサン・シモンの影響力を強めるための切り札になる。そのために、ミリエルとの縁はどうしても切るわけにはいかないのだ。
ミリエル自身もそのことを理解していたのだろう。嬉々として、窓を開けてウォレスを迎え入れてくれた。
「頼みたいことはないか」
そう尋ねたウォーレスに、ミリエルは予想外の頼みごとをしてきた。
「あのね、コンスタンシアを助けてほしいの」
ミリエルの言っていることがわからない。
「一つ聞こうか? コンスタンシアって誰だ?」
ミリエルは、かつて雇い入れられていた屋敷に偽の王太子の婚約者ミリエルとして現れた女のことを思い出させた。
「その本名がコンスタンシアなの、で、つい最近女官として雇い入れたの、実家から追い出されたんだって」
そのコンスタンシアが、誘拐されたといわれてウォレスは目を瞬かせた。
「何で?」
実家から縁を切られた貴族の娘には、対外的に何の価値もない。わざわざ誘拐する価値もないはずだ。
「あたしと間違われたの」
そう言ってミリエルは女官の変装をして部屋を出て、コンスタンシアは、女官のお仕着せを着ないまま私服で留守番していたことを話した。
ミリエルの女官は今のところ二人だけということは城内では知れ渡っている。そのためミリエルとマルガリータが出て行くところを見た賊が、部屋に残っているコンスタンシアをミリエルと思い込んだらしい。
「なんとも、間抜けな話だ」
かつて、ウォーレス自身も、コンスタンシアの顔を見た覚えがある。
ミリエルとは似ても似つかない顔だった。
「お前、一応城内で顔晒して歩いてたんだろう?」
「まあ、行動範囲狭いから」
ミリエルが、ミリエル姫として歩き回っていたのは、最近では自分の部屋と、授業を受けるための教室くらいだ。
それを考えるとミリエルの顔を知っている人間は少ないかもしれない。
それ以外は、ミリエルは女官の格好で、食事の支度などしていた。
それを考えると、ミリエルを女官と勘違いしてもおかしくない。
マルガリータが貴族出身の女官で、ミリエルはそれより身分の低い雑用係に見えていたのだろう。
そしてコンスタンシアは、この城内に来てから廊下に出ることすらまれだ。
そのあたりの説明をすると、ウォーレスは頭を抱えた。
「そりゃ、間違えても仕方ないんじゃないか?」
「あたしも今そう思った」
あの時、コンスタンシアが、女官のお仕着せさえ規定たらとは言っても後の祭りだ。
「まあ、いい、そのあたりどういう風に情報操作されているか、ちょっと見てくる」
ウォーレスの言葉に、ミリエルは何度も頷いた。
「請求はお兄ちゃんにお願い」
ちゃっかりとしたミリエルの言葉に苦笑するしかなかった。




