渡りに船
コンスタンシアは、ようやく慣れてきた目で、周囲を窺う。
レンガを積んだ壁。漆喰で塗り固めても、壁紙も貼っていないその壁は、ここは本来人の生活するスペースではないと語っていた。
その上でようやく頭がはっきりしてきた。
おそらく、自分はミリエルと間違われたのだろうとようやく気がついた。
朝、マルガリータと、女官の格好をしたミリエルが調理場に向かう。それを見送った後、コンスタンシアを襲撃したのだ。
コンスタンシアが女官のお仕着せを着ていなかったのも運が悪かった。
コンスタンシアの分は支給されていなかったのだ。
ミリエルと自分は、あまり似ていない。その似ていない自分をさらった以上、実行犯はミリエルの顔を知らないのだろう。
しかし、実行犯は知らなくとも、命じた人間が知らないとは限らない。顔を確かめに来て人違いに気付かれたら。
座っているけれど立ちくらみを起こしそうになった。
自分がいなくなったあと、他の者達はどうするだろう。正直にコンスタンシアが誘拐されたと発表するだろうか。
そうされたら、自分は終わりだ。
コンスタンシアは再び気絶したくなった。
ミリエルは、そのまま自室に軟禁状態に置かれた。
定期的にマルガリータが部屋に戻ってくるが、それ以外は一人で部屋に置かれている。
書物庫から、ミリエルの好きそうな書物を見繕ったらしい。
それらはミリエルの机の上に積み重ねられている。
しかしミリエルはそれを読む気もせず、ソファにふんぞり返って座っていた。
ミリエルはすぐにコンスタンシアを探しに行きたかったのだが、周囲がそれを許さなかった。
とにかく事態が動くまでという期限付きでミリエルは自室を一歩も出るなと厳命されてしまった。
不貞寝しようにも、動いていないので、眠れない。
窓を見やる。窓の外は垂直な壁。高さは結構ある。適当な長さのロープがあれば脱出は可能だが、その後が手詰まりだ。
あっちこっち探検してまわったが、それでもこの広い城の隅々まで知っているわけではない。おそらく場外には出されていないだろうとマーズ将軍は言っていたそうだが、あくまでそれは憶測でしかない。
たとえ城内にいたとしても人を監禁しておく場所の心当たりはない。
「あー手詰まり、ぜんぜん手詰まり」
愚痴っても何も始まらないとわかっていても愚痴ることしかできない。
ふと、窓の外から何かあたる音が聞こえた。
ミリエルが振り返ると、ロープにぶら下がった男が窓ガラスを叩いている。
「ウォーレス、何してんのそんなとこで」
ミリエルは、久しぶりに見る顔見知りの姿にどっと脱力した。
サフラン商工会の人間は基本的にミリエルは疑わない。それはミリエルが王妃になることによってサフラン商工会が利益を受けるからと祖父の息がかかっている人間が多いからだ。
以前、窓を突き破って侵入してきた賊がいたことを思い出しながら、ミリエルは窓を開けた。
ウォーレスは猫のような身のこなしで部屋に入るとミリエルに尋ねた。
「頼みたいことはないか?」
ミリエルにとっては願ってもない発言だった。
サフラン商工会久しぶりの出番です。