異変
ミリエルはいつもの日課と化した朝食の準備のため、台所にいた。
嬉しいことに、今日は卵がある。
「何をしようか。香草のオムレツか、それともシンプルに目玉焼き?」
うきうきとはしゃぎながら、スープを煮ていく。
その傍らで、マルガリータが、昨日のうちにこねておいたパン生地を鉄鍋で焼いている場所で火の番をしている。
スープ鍋の横ではお茶を入れるためのお湯がしゅんしゅんと沸いている。
少々肌寒いが、天気は晴れ渡っている。
「今日はいい日だね」
ミリエルはにっこりと笑った。
ここ数日は、ミリエルは単独で探検をかねた掃除はしていない。常にマルガリータが付き添うようになったからだ。
状況を考えればそれも当然なのだが。自由時間が半分になったような不満がくすぶっている。
結局シンプルに目玉焼きをこしらえて、ミリエルは台所を出る。
おそらく周囲の人間は、ミリエルは王太子の給仕をしているのだと思っているのだろう。
テーブル差し向かいで一緒に食事をしているのではなく。
鉄鍋で焼いていたパンが美味しそうな匂いを立てる。
「それじゃ、半分はマルガリータとコンスタンシアで食べてね」
ミリエルはそう言って、お盆を片手にレオナルドの執務室に向かう。
マルガリータは、自分のお盆を持って、ミリエルの部屋に向かう。
この食事は、マルガリータとコンスタンシア、ミリエルの三人で食べていることになっている。
食事の間はレオナルドがついているので、その間は護衛の任を解かれるのだ。
マルガリータは片手でお盆を持ったままドアをノックした。前日までならすぐにコンスタンシアがドアを開けてくれるはずなのにいっこうに扉が開かない。
不審に思ったマルガリータがドアノブに手をかける。
鍵が開いていた。
ミリエル襲撃事件から、マルガリータが留守をするときは、扉の鍵をかけることが習慣付けられている。
「コンスタンシア?」
マルガリータはお盆を持つ手を少し変えた。
もし侵入者がいるなら、ミリエルには申し訳ないが、これを叩きつけさせてもらうためだ。
油断なく、身体を滑らせて、室内に入る。いつものようにテーブルと椅子が並んでいる。
新しく用意された部屋は、応接間一つに寝室が三つ付いている。
主寝室はミリエルが使い。その脇の寝室は、マルガリータとコンスタンシアの私室になっている。
お盆をテーブルに置くと、スカートの下から剣を引き抜く。
応接間には誰もいない。それに通じる扉、ミリエルの主寝室の扉を薄く開けて中の様子を探る。
天蓋の紗幕は開けられて、人がいるらしい様子はない。主寝室の向こうに浴室がある。そこに逃げ込んでいるなら袋の鼠だ。換気用の小さな窓以外は出られる隙間はない。
そろりと中に入る。寝台の陰に潜んでいる可能性も考えて慎重に。
結局誰も見つからなかった。自分の寝室も、コンスタンシアの寝室も無人だ。
ここには誰もいない。コンスタンシアさえも。