経験者の助言
レオナルドの下に、ミリエル暗殺未遂事件が伝えられたのは、正午を過ぎた頃だった。
暗殺者は、お目付け役の女官マルガリータが処分したとだけ伝えられた。
ミリエルの使っていた部屋は血まみれになってしまったので、別の部屋を用意してほしい。とだけ要請された。
死体をまともに見たコンスタンシアが昏倒しいまだ意識不明だという以外情報は入ってこなかった。
真相を知ったのは、それから大分経ってからだった。
夕方、ミリエルの元を訪れたレオナルドは、ミリエルが寝室にこもって出てこない事を聞いて、ようやく、刺客を処分したのは、ミリエル本人だと聞かされたのだ。
「ミリエルと話せるか」
ミリエルは、今まで直に殺人をやったことはないようだ。自分にも経験がある。人を殺した後のあのなんともいえない感触は、慣れるまでに時間がかかった。
「話ができるかは、なんとも、食欲がないと、飲み物以外とってくださいません」
マルガリータが恐縮していう。
本来ならば最初の報告にあったようにマルガリータが、刺客を処分しなければならなかったのだ。それがたまたまミリエルのもとを離れたとき、刺客がミリエルを襲ってしまった。
ミリエルでなければ、確実に死んでいただろう。
「とりあえず、ミリエルの顔だけでも見ていく」
そう言われて、マルガリータは、寝室の扉をわずかに開く。
「妃殿下、王太子殿下がおこしです。妃殿下と話したいとおっしゃっておられますが」
天蓋付きの寝台の、帳をすっかり下ろしてそこに閉じ篭っているのが見えた。
「かまわない、入っていただいて」
思ったよりも静かな声音だった。
レオナルドは薄暗い寝室に入る。背後のマルガリータに命じて、燭台を持ってこさせ、周囲を照らす。
帳を開き、ミリエルの様子を伺う。
白い寝巻き姿でミリエルは寝台の上に坐っていた。
髪も結わずおろしたまま、化粧けのない顔は、普段より青白く見えた。
「ミリエル、大丈夫か?」
ミリエルはこくりと頷いたが、それでも、膝の上で組んだ指は震えている。
「あのね、あの時思ったんだけど、本当に偶然かな」
か細い声で搾り出すように言う。
「マルガリータがマーズ将軍に呼ばれて、コンスタンシアも女官長に呼ばれて、ちょうど誰もいない時に、あの男が来たのは偶然かな」
レオナルドは眉をしかめる。
ミリエルのいったことが本当ならば、かなり長時間ミリエルの傍に潜伏していたか、周囲に内通者がいることになる。
「そりゃ、マルガリータが騎士だって、知られていないけど、一度に殺せるのは普通一人までだよ、一人殺している間に他の二人のうち、誰かが悲鳴を上げたり逃げたりするでしょう。殺す相手は少ないほうがいいよね」
ミリエルが示唆しているのは、マルガリータとコンスタンシア、二人のうちどちらかが故意にミリエルを一人にするために呼び出されたのではないかということだ。
「そちらは俺が調べておく。だが、ミリエル、無理をするな」
ミリエルはぴくりと眉を上げた。
「別に無理なんて」
「してるに決まってる。こちらも経験者だ。経験者の言うことはしたがっておけ」
そう言って、震えの止まらないミリエルの手を掴んだ。