王城の非日常
単語をいくつか検討と書き込む。静かにペンの軋る音だけが続いていく。
扉が開く音がした。ミリエルは首をかしげる。マルガリータやコンスタンシアならは、扉の前に立ったとき、声をかけるはずだ。
とっさに、鞄の中身に手を伸ばした。 手に触れた最初の物を掴む。
背後を振り返ると、見知らぬ相手が立っていた。
細い、針のようにやせた男だった。
こけた頬。そしてその上にある細い、糸のような目にどこか鈍い光を放つ目。
ミリエルを見据える。どこか危うい視線に、ミリエルは、背中に冷たい汗をかいた。
腰に吊った剣を引き抜いて、嫌な笑いを浮かべる。
偶然だろうかとミリエルは思う。
ちょうどマルガリータとコンスタンシアの二人がそれぞれ別々にこの部屋を留守にしていたのは本当に偶然だろうかと。
ミリエルは身軽に立ち上がり男と相対した。
マルガリータは、ミリエルの応接間まで来ると、扉が開いているのに気がついた。
確か、自分は扉を閉めて出て行ったはずだ、それに、ミリエルが、勝手に外に出たとしても扉くらいは閉めるだろう。
そして、部屋の前まで近づいたとき、かぎなれた異臭をかいだ。
国を離れて以来、何度かいだかわからないその匂い。あってはならない事態に、マルガリータの血の気が引いた。
部屋に飛び込んだマルガリータの目に入ったのは、首から、血を噴出して倒れている男と、その脇で、茫然と座り込んでいるミリエルの姿だった。
ミリエルの手の中で、ガラス玉を連ねたものが、ちりちりとなっている。
焦点のあっていない目をして、ミリエルは座り込んだまま震えていた。
とっさにマルガリータは、ミリエルを抱きかかえた。
見れば相当勢いよく血が噴出したらしく、ミリエルの顔に、細かい血のしずくの跡が点々と散っていた。
マルガリータは死体が見えないように、胸に抱えた状態で、ミリエルを隣の寝室に運ぶ。ミリエルはまるで反応しない。
寝台に坐らせて、顔を拭いてやっているうちに、ようやくミリエルの瞳の焦点が合ってきた。
「悪かった、鍵をかければよかった」
ミリエルを驚かせないように、そう声をかけてやる。ミリエルは、瞬きを繰り返し手いるうち、眦に涙がたまってきた。
「何か飲むか?」
気付けに、ワインでも飲ませたほうがいいだろうか。そうマルガリータが思案していると、けたたましい悲鳴が上がった。
慌ててミリエルを置いて寝室を出ると、コンスタンシアが扉の前で卒倒していた。
そして、コンスタンシアのけたたましい悲鳴は、周囲の人間を呼び寄せてしまったらしい。廊下の向こうで、数人のあわただしい足音が聞こえてきた。この部屋の前が、野次馬で埋まるのは時間の問題だった。
マルガリータは意を決して、自分の剣を取り出し、床にこぼれる血だまりに刃先をつけた。そして、卒倒したコンスタンシアを抱えて、再び寝室に向かった。