荒れ果てた王城 3
その光景を目の当たりにしたとき、まず止めねばとマーズ将軍は思った。
相手は王太子の婚約者。たぶん襟首を掴んで締めてはいけない相手だ。
だから止めさせようと相手の肩に手を置こうとしたその瞬間振り返った。デニスに物凄い目で睨まれた。
「一度こいつは根性叩きなおす必要があると思いませんか?」
デニスの言う別の意味で頑丈な根性をもっているらしい妃殿下を叩きなおしても別の方向に歪むだけ名のではと思いつつ襟首から手を離させた。
ミリエルは動じた風もなく奪い取られた覆面を身につける。
「そういえば、マルガリータはどうした」
ミリエルの女官兼、護衛兼、お目付け役の姿を探す。
「実は、マルガリータにもて期が来た」
ミリエルの眉が寄る。まさかまさかの状況にはたで見ているミリエルも困惑するしかなかった。
今現在王城には女性が少ない。本当に数えるほどしかいない。そして若い女といえば今のところミリエルとマルガリータしかいない。
そしてミリエルはすでに相手が(やばすぎる)決まっている。マルガリータしかいない。
というわけで、恋人募集中の男性の視線はマルガリータがさらっている状態だ。
マルガリータは平凡であって醜いわけではない。それに姿勢が良くすらりとした体型をしている。
異国の生まれも神秘的と言えなくもない。
そして王太子妃の女官という身分。そのため結構な数の恋文がマルガリータの下に舞い込んで来た。直接告白してくる人間もいる。
かつて想定したこともない事態にマルガリータは完全にてんぱってしまっている。
「まったく免疫がなかったみたいで、部屋に閉じこもってるの」
ミリエルとしても、自分より年上のマルガリータが恋文の一つぐらいでああもうろたえている姿を見ると、苦笑を禁じえない。
まあ、これが一人ないし二人ならマルガリータも真剣に考慮できたのかもしれないが、毎日違う男から告白され、どれがどれだかわからない状態になっている。
まあ、また他の女官を呼び寄せるまでの辛抱だからとマルガリータを慰めていればそれはそれで複雑だと言い出す。
それなりに気心が知れてきたと持っていたが。
ミリエルの沈痛な溜息にマーズ将軍もその状況を知っていたらしい。
「適当な見合い相手でも用意してやるか」
「うーん、もうすぐ別の女官たちを呼び戻すし、それまで待ってから考えたらいいんじゃないかな」
女性が増えれば野郎どもの視線も分散する。その結果マルガリータの繊細な乙女心は少々傷つくだろうが、元々乙女心には重心を置いていないマルガリータのこと、すぐに立ち直るだろう。
そして近辺が落ち着いてから改めてその見合いとやらを薦めてはどうだろうか。
ミリエルの提案に、マーズ将軍は目を細める。
「まあ、考える頭は持ってるんだな、お嬢ちゃん」
「あの、人のこと馬鹿にしてる?」
ミリエルの声が低くなる。
「そんなつもりはないんだが、少なくとも自分の下にいる人間を臨機応変に見れるって言うのは美点だと思う」
デニスは半眼になってミリエルを睨む。
「できれば、その心遣いを殿下にも向けてもらえませんかね」
「あ、そういえば先生が来るんだった」
ミリエルは、慌てて覆面を付け直し、その場にあった除草道具を片付け、そのままそそくさとその場を後にした。