荒れ果てた王城 2
ある日を境に、掃除道具片手にあっちこっちに出没する淡い金髪の少女の存在に、この王城に住まいする人間は慣れつつあった。
あちらで床を磨いていたと思えば、あちらで洗濯をしている。くるくるとよく働く見知らぬ少女は、王太子の婚約者、ミリエル姫の小間使いということで、少しずつだが定着しつつあった。
特に話したりすることもなく。本人も、埃除けといって、鼻と口を覆う薄布で覆面をしている。それに黙々と働くその姿は、どこか話しかけるのをためらうわせるものがあった。
本日はその少女は、元菜園という場所に来ていた。
かろうじて、サラダ菜と思われる代物が生き残っているのを見て取る。
そして、雑草と、野生化した香草の混在するその場所から、雑草をより分けにかかった。
「精が出るな」
地面にしゃがみこんで、草むしりをしているその背中に話しかける者がいた。
「あ、どうもお久しぶりです」
顔を隠す覆面のまま、ミリエルは挨拶する。そこにいたのは、マーズ将軍の副官のデニスだった。
「いったい何をしているんだ?」
「草むしり」
ミリエルは端的に答える。
「それは見ればわかる」
少し苛ついた声で、ミリエルを見据える。
しかし黙々と、ミリエルは草をむしる手を緩めない。
「何のためにそんな真似をしている」
「雑草がはびこっているから」
わざと話を逸らしている。そう考えたデニスは、強引に覆面をしている布を取り去った。
「何をなさっているんですか、妃殿下」
口調は丁寧でも、襟首を掴むそのしぐさにひとかけらの慈悲もない。
「大体、屋外で埃よけの布は必要ないでしょう」
「そんなことないわ、日焼け防止よ」
「今は晩秋です。日差しがそこまで強いでしょうかね」
まあ、無理のあるいいわけだとは思っていた。何しろ帽子もかぶっていないのだ。
「言うなればまあ、分析かな」
ミリエルの言葉に、デニスは目を細める。
「どこを掃除して、どこを掃除してないか、それで、まあ、ナダスティに仕えていた人達の思惑が少しわかるかなって思ったの」
草むしりをして泥で汚れた手を払いながら、ミリエルは考え考え言った。
「手袋をしなさい、仮にも王太子妃になられる方が、手を荒らしていてはいけません」
泥の食い込んだ爪を見てデニスは眉をしかめる。
「ええと、その代名詞はここでは使わないでくれるかな、だって王太子妃がこんなことをしてるって知られたらレオナルドに色々迷惑が」
「そう思うなら最初からしないでください」
だんだん話がお小言モードになってきて、ミリエルは人差し指をつき合わしながら、俯く。
「最初は、食事の用意だけだったんだけど、あっちこっちあんまり汚れてるから、ちょっと気になって」
「言い訳になりません」
デニスはにべもなく、ミリエルの言い分を却下した。