ミリエルの困惑
ミリエルが通されたのは、浴室つきの寝室だった。
浴室には、すでに湯が張られており、旅の埃を落とす用という心遣いだと判断して、ミリエルはマルガリータに手伝ってもらいながら、衣装を脱いだ。
「二人で入りますか?」
言われてマルガリータはかたまる。
「何を言ってるんだ?」
「だって、私が入った後に入るとお湯が冷めてるじゃないですか、沸かし直すのももったいないし」
マルガリータはなんて言っていいかしばらく悩んだ。
「あのな、ここはお前のために用意されたものだからお前一人で入れ」
すでに、言葉遣いが素になってしまっているが、そのままマルガリータは続ける。
「入浴の介助のために一緒に入ることはあっても、私も入浴することはありえない。ここは王妃、もとえ王太子妃専用の浴室だからだ」
ミリエルは首をかしげる。
「そういうものなの?」
「そういうものなんだ」
マルガリータは噛んで含めるように言う。
釈然としない顔で、それでも下着姿になったミリエルは、浴室に消える。マルガリータは溜息をついた。
基本的に、ミリエルは、王妃や王太子妃が本当はどういう扱いを受けるのか理解していない。
理解できるような環境に育たなかった。おそらく大きな問題になる。
マルガリータは、ミリエルつきの女官たちの苦労に心から同情した。
ミリエルは、浴室の内装を観察してみた。マルガリータの言うような特別仕様の浴室にはとても見えない。
リンツァーでミリエルがつかっていた離宮の浴室のほうがよほど豪華だった。
ミリエルは釈然としない気持ちのまま浴槽に身体を沈めた。
結い上げていた髪をほどくと、浴槽に長い髪が広がる。
結い上げてといったが、マルガリータは凝った形に結い上げることができない。ミリエルも自分でできる髪形は、三つ編みしてたらすか、後頭部でくくるくらいしかできない。
レオナルドとの対面どうしよう。
ミリエルは不意に浮かんできた、レオナルドの顔と、自分の持ってきた簡素なドレスを思い出す。
ついてくる女官がマルガリータのみだったので、本当に、少数で着替えられる。したがって地味なドレスばかり持ってきたのだ。
そして化粧は、マルガリータは最低限できるといっていた。ミリエルはやってもらうばかりだったので自分ではできない。
これはまずいのではないだろうか。
ミリエルは思わずうなる。
仮にも久しぶりに会う婚約者相手にまったくめかしこまないというのはかなりの問題だ。そして、今の今まで自分がそのことに思い当たらなかったのも。
手持ちのドレスと、装身具でどうやってごまかそう。
大きめの幅広のリボンでも結ぼうか。いっそ喪中ですからと真っ黒のドレスを着たほうがいいのだろうか。
ミリエルは真剣に頭をひねり始めた。