それぞれの兆し
彼は理解できなかった。今まで彼が望んだことはかなわなかったことはない。
ミリエルはとっくに彼に心を許し始めていなければならなかった。
しかし、ミリエルが彼に向ける表情は、取り繕った無表情か、あるいは眉間に皺がくっきりと刻まれた嫌悪の表情だけだった。
彼に対してあからさまに負の感情をむける若い女はほとんどいなかった。
そして彼の出した結論は、ミリエルはどこかおかしいのだというものだった。
彼は、かつてミリエルに出会ったことがあるのを奇麗に忘れていた。
泥酔状態で、気が付いたら、身体中痛くて、荒縄で拘束されていた。
その間なにがあったかまったく記憶が飛んでいた。
その後恥さらしだと、周辺の軍人達の冷たい視線を浴びたが、基本的に男にどう思われようと、気にしない精神構造をしていたので、まったく気にしなかった。
あの時はただ運が悪かっただけだ。それですべて終わってしまい反省もしていなかった。
もっとも自分のしたことを完全に忘れ果てていたので反省をしようがなかったのだが。
だから、ミリエルが自分に対してあからさまな攻撃を加えてきた時も悪いのは自分だなどと夢にも思わなかった。
自分は理不尽な暴力を受けたのだと思っている。
実際にはあの程度で許すミリエルに、周囲はああ、一応王族だから気を使っているんだなと考えていたとしてもそんなことは彼には関係ない。
天幕にはって休むこともせず、ミリエルの休んでいる馬車を鬱々と睨みすえていた。
レオナルドは、古地図を片手に、王城の隠し通路を発見した。
「ここから逃げたと思うか」
背後の側近は無言で頷く。
「我々の包囲網は完璧でした。おそらくは、裏の山方面に遠く抜ける道なのでしょう」
マーズ将軍もそう言う。
「では、ここから入ってみるか」
「殿下自らですか?」
背後の臣下達が慌てた。そして何とか思いとどまらせようと口々に説得しようとする。
「殿下、殿下自ら危険を冒そうとするのはいかがなものでしょうか」
マーズ将軍の苦言に、レオナルドは肩をすくめた。
「だが、せめてあいつの首は私が取らねば格好が付かないだろう」
そう言って、通路の奥を覗き込む。
「殿下、待ち伏せの恐れもございます、まず部下に先を探らせます、その上で謀反人を発見し次第、殿下の前に引き据えてご覧に入れますので」
マーズ将軍の提案にレオナルドは頷かなかった。
「言ったろう、自分の目で確かめたいんだ」
あくまで言い張るレオナルドに、マーズ将軍は渋々頷いた。
「ですが、私も同行させていただきます。それ以外の条件は飲めません」
レオナルドも一人では慰労とまで無謀なことを考えていたわけではないのでそれは了承した。
そしてまず先触れの兵士が先頭に立って通路の中に入る
そのあと少し遅れてレオナルドも通路に入った。
おそらく長く使われていなかったのだろう。かすかに黴とこもった匂いがした。
だが、少し前に通った誰かのおかげで風が通ったのだろう。それは耐え難いものではなかった。
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