ミリエルの展望
とりあえず、まだ王城は戦いの痕跡生々しいということで、女官はマルガリータのみで、極めて、身軽に旅の仕度をすることになった。
ミリエルは、簡素な青いドレス姿で、髪も、頭の天辺でくくったままの状態だ。
「その格好でいいのか?」
「だって、どうせマルガリータは凝った髪型に結い上げることも、ドレスの着付けもできないでしょう」
そのとおりなので、マルガリータは沈黙した。
ミリエルも、リンツァーから来た女官達に、長時間拘束されて、化粧やら整髪やら着付けやらで時間を食うのがいい加減苦痛になってきたのだ。
無論、このまま王妃になってしまえばそういうわけにはいかないのはわかっている。だからこれが最後の息抜きとミリエルは、馬車にうきうきと乗り込んだ。
マルガリータは馬車ではなく、騎馬で進む。
ミリエルの荷物は背後の荷馬車に積まれているが、ミリエル本人の手荷物は、相変わらず例の黒鞄だ。
過激な旅の影響で少々破損しつつあるが、それでもミリエルは愛用している。
その姿は、どう見ても高位の王族には見えない。
周りにいるのは騎士に限られているので、女性はマルガリータとミリエルのみ。
マルガリータは常にミリエルの馬車の脇を進むようにしていた。
そして、空気を読まない男、ディートリヒはマルガリータの反対側に馬を進め、ミリエルに盛んに話しかけている。
せっかくのしばらくは気楽な日々と期待していたミリエルは、一気に機嫌を悪くする。
とっさに、パーシヴァルが、ディートリヒに併走して、何とか気を逸らそうとする。しかし、ディートリヒはわざとパーシヴァルを無視する。
ミリエルはマルガリータのいるほうの窓辺に身体を寄せて、極力ディートリヒを視界に入れないようにしていた。
マルガリータは、ディートリヒの様子に不審を覚えた。
これから行く王城は、生活環境が戦いの影響で余り整っていないと聞いた。それならば最低限、そろうまであちらに居残りそうなものだ。
それに、あちらに残してきた女官達の方が、ディートリヒの好みのはずだ。
ミリエルにああまで執着して見せるディートリヒの真意が読めず、マルガリータは困惑する。
おそらく、ミリエルの見目がある程度可愛いからとか、さもなければ次代の王妃に今のうちに媚を売っておこうとかそういうわかりやすい動機ではないような気がした。
王城に近づいていくにつれて、街はどんどん荒廃していく。
崩れたまま修復されていない建物は数メートル進むうちにさえいくつも見受けられた。
「ここまでになった街を復興させるには、どれだけ予算が必要なのかしら」
ミリエルは窓の外を眺めながら、そんなことを口にする。
行く手には、なかば焦げた巨木が燻っている。
そして、そのまま座り込む人間はやせこけて虚ろだ。
「良かった、女官達を置いてきて」
ミリエルはしみじみと呟く。マルガリータも同意した。
多少状況に鍛えられたふしも見受けられるが、やはり王宮づとめの女官にこの現状を直視しろというのはきついだろう。
「まあ、農村部の荒廃はそれほどでもないのが救いだな」
「そうね、やっぱり食料がないと」
勤めて明るい話題を入れようとした。さもないと挫けてしまいそうになるから。
もうしばらく王城には付きません