落城
そこは、記憶にあるよりも虚ろな空間だった。
玉座には父が座っていて、その足元に廷臣達がひしめいていた。それは今はないしかし、それを抜いてもその空間は虚ろだった。
壁に飾られていた絵画や、彫刻が一切取り払われている。そして玉座は空だ。
「逃げたか」
王城さえ取り戻せば、レオナルドが即位するのに支障はない。だが、やはり謀反人の首は必要だ。
レオナルドは周囲の様子を伺う。
くる途中で転がっていたか滝に仕える者達の屍、それらを捨て置いて逃げたとしてもそう遠くまでは逃げられないはずだ。
そうレオナルドの包囲網は万全だ。
裏側の山に逃げたとしても、人が通れる道は限られている。その要所要所に部下を配置している。
だから必ず見つけ出せるはずだ。
いつの間にか、レオナルドの背後に何人かの貴族が現れた。
戦いが決して安全になった戦場にようやく現れた。
レオナルドは皮肉に唇をゆがめた。
「殿下、ようやく大逆者を玉座から追い落とされましたな」
おもねるような視線が不愉快だった。しかし意識して顔に笑みに見えるものを浮かべる。
「貴行らの忠誠の賜物と思う。しかし、いまだ逆賊は捕らえられていない。祝いを言うにはまだ早かろう」
「とんでもない、もはや、死地に落ちたも同然、殿下の大勝利で」
にたにたと浮かべる笑みが何故かとてつもなく不快に感じた。
「ゼラズニー侯爵、戦後処理は終わっていない。それを終わるまで祝いを言うのは待て」
そう言ってレオナルドは踵を返した。
もうここにいる意味はなくなった。
いったん城内を出て、前線基地のような扱いをしていた天幕に戻る。
そこにマーズ将軍とともに、逆賊の追跡をしている部下の連絡を待った。
逆賊ナダスティ。レオナルドがかつて王城に住んでいたときは大公の身分にあった。
正当ならざる王として今王城を追われた。
かつて父が生きているとき、彼の印象はとても薄かった。はっきりと顔も覚えていない。確か、父の少々年の離れた弟だと聞いていたが。そのような親戚は入れ替わり立ち代りレオナルドの前を現れては消えていった。
幼かったレオナルドに余り個別に認識していなかった。
今八泥で汚れた兵達が、様々な報告をしていく。
「ミリエルを、迎えに行かなきゃな」
唐突に呟いたその言葉は妙に大きく聞こえた。
「妃殿下ですか? しかし、今は戦後処理中。貴婦人の居場所など」
「ああ、そんなこと気にしないだろう。彼女なら」
むしろ率先して城内の掃除を始めそうだ。
その様子を想像して、レオナルドは笑ってしまう。
「あれは、貴婦人として扱われるより、こき使われたほうが気楽なようだしな」
そう言われれば、マーズ将軍もその人となりを知らないわけではないのでそれ以上言えなかった。
「まあ、ここにくるまでにそれなりの日数かかるから、その間に多少は整えられるだろう」
マーズ将軍は、一部隊に、ミリエル送迎を命じた。
次回はミリエルのターンです