疑念
レオナルドは城内に入り込んだ。
すでに逆らう者もいない城内を、幼い頃の記憶を頼りに進んでいく。
しかし、そこかしこに転がる屍。火災でも起きたのか、きな臭い匂いが鼻を突く。
幼い頃の思い出は、凄惨な戦場の記憶に塗り替えられた。
すすけた壁の前を押さなかった自分が駆け抜けていく幻が見えた。小さく頭を振って、幻を追い払うと。レオナルドは再び歩み始めた。
マーズ将軍がその後を追う。
今落城のときを迎えつつある白の中、攻めるものも守るものも、変わりなく戦いの終末を見ていた。
敵は、すでに抗う様子もなく、諦観をにじませ、廊下に座り込んでいた。床にゆっくりと鮮血が広がっていく。
レオナルドはそれに目もくれずただ歩いた。
レオナルドはほとんど交戦せず歩き続けた。行く手に、佇んでいた三人の男は、レオナルドを見るとすぐに壁沿いに移り、その行く手を遮らなかった。
「お前達は誰だ」
明らかに恭順の姿勢を示している以上、先に城内に入った味方だろう。
「サフラン傭兵部隊です」
そういえば、そんな奇妙な名前の傭兵部隊を雇ったなと、レオナルドは思い出した。
腕を売る男達にしては、随分と値引きしてくれたことと、その奇妙な名前で覚えていた。
そこにいたのは、たった三人、しかし随分とたくさんの敵兵が倒れていた。ほぼ一個師団くらいだろうか。
「これはすべてお前達が?」
「いいえ、逃がした連中もかなりいます。これだけ数がいれば、どうしても打ちもらす」
そう言って奇妙な武器をかざす。
それは、ミリエルが持っていた武器にも似ているような気がした。
鎖の先に刃の付いた塊がぶら下がっている。
こんなものでなぎ払われればさぞ痛いだろうという代物だ。
こんなものを見て思い出すような女、そんなとんでもない女ともうすぐ自分は結婚する。
嫌いではない。たぶん、人形のような見た目を裏切り、とんでもない性格と、予想困難な行動力に戸惑うが、それでもおそらく悪気はないのだ。
「もしかして、ミリエルの関係者か」
彼らはあっさりと頷いた。
ミリエルが育ったサン。シモンで、その成長を見守ってきたと答えられた。
レオナルドは三人と別れると、かつて、父が坐っていた椅子のある場所へと向かった。
玉座の間。今はもう儀式にしか使わない、仰々しい台の上に、重厚な椅子が乗っている。そしてその周りで、臣下達がひれ伏す。
レオナルドが生まれる前からそこを使わず、円卓のテーブルで、乳は普段の仕事をしていた。
あそこで仕事をしていると効率が悪いと父は笑っていた。
父が死んだ後、新たにそこの主となった男は、常にそこに坐っているという。
彼は合議などしない、会議も、ただそこで命じるだけ、逆らえば死、単純すぎて笑える有様だった。
そして国は混乱を極め、今日という日を迎えた。
どうして、こんなに時間がかかったのだろう。
レオナルドは改めて疑問に思う。彼のとった策は下策中の下策。なのに何故今までそれを打ち破ることができなかったのだろう。
レオナルドの脳裏を占める疑問とは裏腹に、その足取りはしっかりと事前の作戦通りに歩みを進めていた。