長寛なるお仕事兄妹
ミリエルが文官達と親交を深めているその時、パーシヴァルは本国への書類を作成していた。
「ミリエルはどうしてる」
「個室でお仕事をされていましたが、資料が足りないと文官たちの執務室に引っ越されました。そのまま黙って仕事をされているようです」
部下の返事に、パーシヴァルは笑う。
「ゆくゆくは末永くこの国に腰を落ち着けるんだ。それなら今のうちに親交を深めたほうがいいよね」
今この場にいる文官たちは、いずれ、サヴォワの中枢にのぼり国政を動かす可能性の高い者達だ、今のうちに顔を売っておいたほうがいい。
基本的に人懐っこくて可愛い子なのだ。
おそらく可愛い子猫のように周囲を和ませているだろうとパーシヴァルは勝手に想像していた。
その頃ミリエルは、帳簿の仕入値段の分析で少しばかり悩んでいた。
「これが、何のためになされたのか、その辺が微妙なのよね」
マルガリータがミリエルの手元を覗き込む。
「何かあったのか?」
「これ、仕入値段をごまかしてそうとう横領されてると思うの」
ミリエルは考え考えそういった。
「根拠は?」
「ここ、蝋燭の値段、見てもらえばわかるけど、二種類まとめて値上がりしてるでしょ」
「まとめて値上がりしていると何か困るのか?」
「大有りよ」
ミリエル備え付けの今は消えている蝋燭を指差した。
こういうところに使うのは、余り高価じゃない獣脂蝋燭よね、それ以外の種類は高価な蜜蝋燭だわ、この二つが同時に値上がりするってまずないわ、だって材料が違いすぎるもの」
マルガリータはいまいちぴんと来ない。マルガリータは市場で買い物をした経験がほとんどないのだ。
「獣脂蝋燭の材料はお肉だし、蜜蝋燭は蜂蜜よ、まあ少し違うけど大まかに言えばそう。ぜんぜん違う材料を使ってるのにどうして同時に値上がりするのよ」
言われてようやくマルガリータは値上がりが、原材料の高騰と関係があるということに気付いた。
「そして、原材料であるお肉も蜂蜜も値上がりしていないのに」
なるほど、そうやって分析するのか、と、マルガリータは納得したが、ミリエルはまだ苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「上が上なら下も下で横領したのか、帳簿操作で隠し財産を作ったのか、悩ましいところだわ」
「別に悩む必要はないだろう。部下に裏切られて資産を横領されてたぞと教えてやればいい、隠し財産じゃなければ怒り狂うはずだ」
マルガリータの提案にミリエルは大きく息を吐いた。
「そうね、ここで考えててもこれ以上はわからないわね」
そしてミリエルは、帳面ほどある木の道具を取り出した。
「何だ、それは」
「計算機、東方大陸のものだけど、使いこなせば便利よ」
母の心遣いで入れてあったそれを使って、最終的にどれだけの横領があったか計算し始めた。
木の枠に細い棒が何本も嵌まっており、それにネックレスの石のような玉が刺されている。その石をはじいて計算するようだが、その石の位置がどういう金額を指すのか、マルガリータにはさっぱりわからなかった。
周囲の文官たちも、物珍しげにミリエルの持つ道具を凝視していた。
ミリエルが使っているのは算盤です。少々大きく作ってあります。