不愉快な出来事
様々な書類や帳簿を各人が調べているその時、妙に場違いな人間が入ってきた。
かなり高位の貴族らしい物腰で、尊大さが、表面に浮き出している。
長い栗色の髪を背中にたらし、金糸の入った衣装を着て、巨大な羽飾りの付いた。帽子を胸に抱いている。
その派手ないでたちに顔立ちがかすみそうだが、それなりに整った様子だと思った。
サヴォワ人は比較的、髪や瞳の色が濃い傾向があるが、それを考えるとおそらく標準的なサヴォワ人だろう。
「すまないが、お茶を持ってきてもらえるか」
その発言は空気を読まないことおびただしい。
何だって、今仕事中のところに来てお茶を要求するんだ。
その時、その場にいた全員の気持ちが一致した。
お茶汲みならと、いつの間にか雑用係をおおせつかっていたマルガリータが腰を上げる。
「おい、そんな不細工な女の淹れたお茶を私に飲ませる気か」
ピシッと空気に罅が入る音がした。
そして一番粗末な机を使っているミリエルに目を留めた。
「そこの可愛い子、その子がいいな、お茶を淹れて」
彼は気付かなかったが、その時、空気は完全に凍り付いていた。
その時、ミリエルは比較的地味な色合いのドレスを着ていた。だから、気付かないのも無理はなく、また普通王太子妃がこんなところにいるとも思わないだろう。
しかし、この失態はそれで言い訳がつくものではなかった、。
一同仕事も忘れて凍りつく中、ミリエルは無言で立ち上がり、茶器のある場所へ向かった。そのまま無言でお茶を淹れている。
周囲の文官たちは固唾を呑んでその様子を見ていた。
ミリエルは無言で、適当な机に茶碗を叩きつけた。
「お茶です」
それだけ言って再びもとの机に戻り、作業を再開する。
何か言いたそうにミリエルを見ていたが、ミリエルは完全無視。
「ああ、そうだ、妃殿下を知らないか、お部屋を訪ねたがいらっしゃらないんだ」
その言葉に再び全員硬直する。
「誰に聞いてもわからないといわれて、ここが最後なんだが、本当にどこにいるやら」
その言葉に、勇気を振り絞った一人が言った。
「妃殿下でしたら、こちらに」
そう言ってミリエルの机を示す。
さあ、どうしよう。そのまま凍りついたように二人を見ていた。そしてその場のミリエルを除く全員の仕事の手が止まっていた。
さすがに困った顔で、彼はミリエルを見た。
「妃殿下にはご無礼を」
「お茶を頼まれたことぐらいで無礼とは思いません」
「それはお心が広い……」
「先ほど、彼女を不器量呼ばわりしたことこそ無礼でしょう」
ミリエルは一刀両断に相手の言葉を叩き切った。
「彼女は私が信を置いている相手です、そのの人相手に暴言を吐くような人とお話したくはありません、用事があるなら文書にして提出なさってください」
目を半眼にして相手を睨む。
「もはや用はないでしょう、さっさと出て行きなさい」
自分の胸の高さまでしかない相手に、容赦なくそういわれてすごすごと彼は出て行く。
「あの、妃殿下、あの方は王太子殿下の従兄弟に当たる、ディードリヒ・シュタイン殿下ですが」
カインが恐る恐るそういう。
「そう、ろくでもない親戚がいるのね」
ミリエルは興味なしという態度を崩さなかった。
ミリエルはかつてディードリヒ・シュタインと出会った二年前のことを思い出していた。