平穏の後の不意打ち
最後の最後までタイトルの意味がわかりません。
ミリエルは参考資料を求めて、文官達が集う場所に向かうことにした。マルガリータは、今回完全に足手まといだった。
ひたすら、作表をしているが、その手つきは不器用この上ない。苛ついて何度道具を取り上げようと思ったか。
ミリエルは廊下に出て大きく深呼吸して、苛つく自分を抑える。
この館は、丸ごとレオナルドの配下で占められている。ミリエルの顔も全員が知っているので、すれ違う全員が立ち止まって一礼してくるので、ミリエルもいちいち立ち止まって会釈を返さねばならない。
聞こえないように小さく舌打ちをして、ミリエルはにっこり笑って軽く小首をかしげる。
この手の芝居はミリエルは嫌いだったが、この先、王太子妃、ならびに王妃としてやっていくためには外面をよくしておくに越したことはない。
ミリエルはひたすら笑みを張り付かせたまま先を急いだ。
ようやく文官たちが集まった場所に来ると、同じように帳簿を確認している人間であふれている。
「すいません、物価の変動がわかる資料はありますか」
ミリエルがそう言うと喧騒が一瞬静まった。
「何故、そのような資料がご入用ですか、妃殿下」
言われて、ミリエルは、今時分も同じような仕事をしていることをこの人たちは知らないんだと知った。
そしてその事情を話したあと、ミリエルは、適当な机、それは大分がたが来て、誰も使わず、使わない資料置き場になっているものを指していった。
「あの机で、作業してもいいでしょうか」
言われて、文官たちは凍りつく。
「そんな、妃殿下にあのような机、適当なものをあけますから」
「それじゃ時間の無駄よ。使ってない机のほうがいいわ」
ミリエルはそう言い張ると、自分の部屋に持ち込んだ資料と帳簿を持ってくると踵を返した。
「お待ちください、そのようなもの、私が持ちます」
そう言って、文官の一人がミリエルの後を追う。
「妃殿下、私、第三書記官の、カイル・セバスチャンと申します、お見知りおきを」
「そう、私はミリエル。それから、私の部屋に、女官のマルガリータがいるわ、色々手伝ってはくれるんだけど、どうも要領が悪くて」
「それでしたら、私にお申し付けください」
ミリエルは書記官の顔をまじまじと見た。おそらく二十歳そこそこ、茶色い巻き毛の下に、雀斑の浮いた童顔が付いている。
どうも調子のいい男だなと思いつつ、それでも、マルガリータよりましだろうと判断する。
マルガリータは致命的に文書仕事に向いていない。
元々武官として身を立てるつもりでいたのだし、おそらく机に向かってする作業というのが本気で性に合わないのだろう。
向いていないことを無理にやらせるよりは、他に頼んで向いていることをしてもらおう。ミリエルはそう考えた。
ミリエルは、がたつく机にまず落ち着くと、再び、作業を再開し始めた。
マルガリータは書記官達の雑用をおおせつかった。
お茶汲みと、資料の移動などだ。
帳簿や書籍などを持ってあっちこっち移動する仕事は机に向かっているよりは向いていると本人も思ったのだろう。
さっきよりはきびきびと動いていた。
ミリエルは年度ごとに物品の仕入値段を表にして、それを難しい顔で見比べていた。
「何か問題がおありですか妃殿下」
「そうね、一年くらいじゃ判らないわね」
ミリエルは更に新しい表を作成しようとしたとき、扉が開いた。
扉を開けて、入ってきたその顔を見たとき、ミリエルは不愉快な記憶が蘇った。