王の最低条件
ついに百話です、妙な感慨があります。
ミリエルは、久しぶりに食べる新鮮な食材で作った料理に舌鼓を打っていた。
船の上では、保存の効く芋類以外はすべて塩漬けか酢漬けになったものだけだ。
たまに釣竿を下ろして魚を釣ったりしていたが、数が少ないので、スープにして伸ばして食べていた。
漁船ではないので、魚は余り取れないといわれて、スープの中のほぐれた身を口にするだけだった。
シャクシャクとサラダを咀嚼するミリエルを、パーシヴァルは微笑んで見守っている。
「美味しいかい」
コクコクと一生懸命頷くミリエルに目を細める。
ミリエルの前に並んでいるのは、ごく普通のお惣菜だ。しかし、今の首都近辺では、食糧事情は極端に悪化している。ごく普通のお惣菜でも調達は至難の業だ。
このあたりはまだいい、海が近いため海産物に頼ることができる。
しかし、首都でも山側に近い場所は深刻な食糧難に直面しているらしい。
「お兄ちゃん、考えたんだけどね、今首都で王太子殿下と戦っている人って無能?」
ミリエルの直截な言葉にパーシヴァルは首をかしげた。
「だってそうでしょ。十何年前に政権奪取したんならそれなりの地盤固めをする時間はたっぷりあったはずじゃない、それで未だに揉めてるってことは、てっぺんとった後のこと何にも考えてなかったんじゃないの?」
ミリエルのおそらく間違いじゃない推測に、パーシヴァルは笑みを深める。
そして、ミリエルは水差しからなみなみとコップに水を注ぐ。何しろ船の上では飲み物は薄めたワインのみだったので、ただの水がやけに美味しいのだ。
樽に詰めた水は、何日も置いておくと飲むのに安全か疑問なので、ワインを混ぜて毒消しにするのだ。
煮沸するという手もあるが、燃料を大量に積めないのでそれは最後の手段だと言われた。
「確かに、王様になってしまえば誰でも何でも言う事を聞いて貰えるって思ってたらしいね、いい年をして」
パーシヴァルの口調に軽蔑が混じる。実際、相手にもう少し知能があったならばレオナルドが付け入る隙を作らず、堅固な地盤を作り上げることもできただろう。
「王様になるのが最終目的の奴は、王様になっちゃいけないと思うよ」
その言葉にミリエルも頷く。
「王様になって何をするかが重要だし、それが初歩の初歩よね」
実際、サン・シモンなら、首都がこうなる前に、サフラン商工会が、王族を打ち倒す。
サフラン商工会は純粋な営利団体だ。その営利を犯すものは王と言えど容赦しない。
「それはそうとミリエル、君、帳簿を扱えたよね」
帳簿と聞いてミリエルは怪訝そうな顔をする。
「ちょっと、どうも裏帳簿らしいものが大量にあるんだ、それでその調査のために人手はあればあるほどいい、だから君も手伝ってくれる?」
基本的に暇が辛いミリエルは、二つ返事で引き受けた。
同じ貴族から押収したミリエルの割り当てを受け取ると、まず年度ごとに並べなおし、そして、大量の白紙を傍らに置いた。
「見本を作るからこのとおりに線を引いて」
そう言って手早く縦横の線を引き、升目を作る。
「で、ここに並んでいる物品の名前をここに書き込んでね」
ミリエルの指示に、マルガリータはなれない手つきで定規を持った。
ミリエルの見本どおりに作るのに、ミリエルの三倍時間がかかった。
ミリエルは、帳簿の金額を升目をつけた表に書き込んでいく。
そのまま二人は黙々と作業を続けた。