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06 休憩

 私の記憶どおり、そこには噴水があり、周りを丸く階段が囲んでいる。真っ先に座り込んだのは姫だった。呆れた顔をするカイルに、私は笑いかけた。だから言ったでしょう、と言葉にはしなかったが、カイルには伝わったことだろう。

 まあ、姫君としてどうかとは私も思いますけどね。楽しそうに階段に座り込んでいる彼女を見て姫君だと気づく人間がいたら、私はそのひとをほめたたえます。

 私もカイルも、姫から二段分上の階段に座り込み、カイルがバンを渡す。風に当たったため多少は冷めたかもしれないが、それでもそれはまだ十分あたたかかった。

 姫は遠慮なくそれにかぶりつかれて、


「おいしい!」


 小さな子供のように、目を輝かせた。その光を、私はよく知っている。


「中に入ってるのはなに?」

「さつまいも、でしょうか。ペーストされてますけど」

「だな……。ルルテからさらに西南に進んだとこにあるどっかの村に、さつまいもの名産地があるはずだし」

「意外と物知りですね」

「まあ、一応実家じゃそういう農産物とか扱ってるからな」

「なるほど」


 姫が無言で振り向かれ、期待に満ちた目を私に向けてこられた。聞かなくてもわかる。私にこのバンは作れるか、と言っていらっしゃるのだ。


「……作れるとは思いますけど」

「やった! リデル大好き!」

「王城の調理場の方にお願いしたほうがいいんじゃないですか?」

「だめだめ。リデルのレシピのクッキーだってダメって言われたもの。『いいですよ』って言ってもらえても、あったかいうちになんて絶対食べられないわよ」


 私の家がある繁華街は城までだいぶ離れているのだから、運んでいる間に冷めてしまうと思うのですけど。熱が極力逃げないように工夫して運ぶしかないでしょうか。

 ……私、姫に甘すぎますでしょうか……。


「……わかりました。今度お持ちしますね」

「やった! リデル大好き!」

「光栄です」


 私と姫にとってはいつもと変わらないやりとり。それを、カイルは複雑そうなまなざしで見つめていた。気づきながらも、今は無視し続けるしかない。


「ちょっと噴水のほう行っていい?」

「ええ。私たちはここにいますから、なにかあったら呼んでください」

「はーい!」


 バンを食べ終わったシルヴィア姫は、小さな子供のように噴水までかけ降りていった。私とカイルは腰を下ろしたまま、それを見守る。

 私たちもバンを食べ終わり、残った包み紙を小さく丸めて握り込む。


「カイル」

「ん?」

「さっき、なにか言いかけてましたよね。ほら、姫に呼ばれる前。なんですか?」

「あー。いや、ほんと、大したことじゃねぇから」

「ですが、あんな風に切られると気になってしまいます」


 噴水をのぞき込んでいらっしゃるシルヴィア姫から目は離さずに、私たちは言葉を交わす。


「……えっとだな。その……リデルはなんで、シルヴィア姫様からの依頼、受けたのかなー、とか思って」

「なんで、というのは?」

「いや、だってさ。城仕えじゃなくても、なんか、こう……影響あったりしないか?」

「どうでしょうね……確かに、あの方々がその気になれば、私の魔術師資格など簡単に剥奪できてしまいますね。先生の弟子というだけで、大きな功績も特にありませんし」

「っ、おま……!」

「大丈夫ですよ。いくら王族とはいえ、まともな理由なしに剥奪はできません」


 まあ、その理由をでっちあげられてしまったら、わかりませんが……。

 カイルが姫から目を離しても、私が姫から目を離さない。


「私よりむしろ君のほうが不安です。下手をすれば本当に騎士への道が閉ざされるかもしれませんよ?」

「……怖いこと言うなよな」

「悪い想像はしておくものですよ」


 聞いたものの、カイルの答えなど、想像がついていた。


「……もしそうなったとしても、悔いはねーよ。俺の第一はシルヴィア姫様を守ることだ。騎士だなんだは二の次。まあ、応援してくれてる親父やおふくろとか、面倒見てくれてる団長たちには悪いと思うけどな」


 ほら、やっぱり。

 真剣な光を瞳に宿すカイルを横目で確認して、小さく笑う。カイルなら絶対断らない、断れない。わかっていたから、私はカイルに声をかけた。カイルなら必ず姫を選ぶと知っていたから、この調査任務に誘ったのだ。


「……私もですよ」

「リデル?」


 姫は移動され、噴水の縁に座っている老夫婦に声をかけていらっしゃるようだ。老夫婦は優しい笑みを浮かべ、姫もうれしそうに笑う。


「姫が笑ってくださるなら、なんだってします」


 たとえばその笑顔を、私がこの目で見ることはなくても。


「リデル、お前……」

「ところで君、さっきから思ってたんですが、姫から目を離しすぎじゃないですか? 一応護衛なんですよ?」

「っ、わかってるよ!」


 カイルの怒った声を聞き、カイルをちらりと盗み見て、気づかれないように小さく小さく笑う。怒っていると言うよりも、ふてくされているようだ。

 どうせ見当違いのことでも考えているんでしょう、馬鹿ですね。


「カイル」

「あ?」

「私と姫は、別に特別な間柄ではないですから、安心してください」

「っ……」


 あからさまに反応したカイルに、こみ上げる笑いを抑えきれない。思わずといった様子でこちらを振り向いてきたカイルに、笑顔で言ってやる。


「姫から目を離さない」

「……くっそ」


 カイルは悪態をつきながら視線を姫に戻す。その顔は真っ赤だ。ひねくれたところがまるでないその反応に、今度は苦笑がこみ上げてくる。


「そんなことで、いつか姫が結婚される時、耐えられるんですか、君」

「……言うなよな、そういうことを」

「悪い想像はしておくものですよ」


 考えたくない、と言わんばかりに顔をゆがめたカイルに、私は小さなため息をこぼした。


「私と姫はただの友人ですよ。大好き、というのも、姫の口癖のようなもので、深い意味はありませんから」

「……でもお前は、特別……だったんだろ?」


 カイルの言葉は、私の気持ちを指していた。いつだったか、彼に「ふられたのか」と冗談交じりに指摘され、不覚にも大泣きしてしまった。その時の相手が誰なのか、もう気づかれてしまっていたのだろう。

 私は姫を見つめたまま、答える。


「ええ。けれど、私では姫の特別になれないんです」

「……諦めたのか?」

「そうとも言えるかもしれませんね」


 違うと言い張ったところで説得力はないだろう。だからあえて否定はしない。けれど、自分の素直な気持ちも付け足しておく。


「気づいてしまったんですよ。私にとって姫は光のようなものでしたけど、姫にとっての光は私じゃないんだって」

「……よくわかんねえ」

「そうですか。いずれわかるかもしれませんね」


 二人の想いが通じ合えば、と口の中だけで付け足した。

 煙に巻いたつもりはないが、カイルにはそう感じられたかもしれない。姫からは目を離さないまま不快そうに顔をゆがめたカイルを横目に確認して、私は苦笑した。

 姫を照らしたカイル。私を照らした姫。カイルが姫を照らしたからこそ、姫は私の心に光を与えてくださった。さあ、その連鎖にカイルが気づくのは、いつになるでしょうか。

 とは言うものの。いい加減じれったいですよね。

 そんなに気になるのならはやく姫にあの日のことを話せばいいのに。そうすれば、すべてとはいかなくても、ある程度のことは上手くいくような気がするのに。あんまりにじれったいので、そろそろいくらかお節介を焼いてやろうかとさえ思ってしまう。少し前までは、じれったいと思いながらも意地悪な気持ちを抱いたものですが……心境の変化っていうのは、やっぱりあるものなんですね。

 姫が笑顔のまま戻ってこられたので、私もカイルもいくらか安堵して姫を迎えた。


「どんなお話をされてたんですか?」

「うん? まず、今日いいお天気ですねーって」


 なんてことはない、世間話の始め方だった。けれど、姫はそこから真顔になられた。つられるように、私とカイルの空気も緊張する。


「でね、ウディエールの森についても、ちょっと聞いてみたの」

「……どうでした?」

「うん。情報通り。ここ数日も、何人かの魔術師や狩人が森に向かったらしいんだけど、その後姿は見てないって。街の中にもちょっとずつ不安が広まってる感じみたい」

「……そうですか」


 これはいよいよ、なにかありますね。私だけでなく、カイルも姫もそう思わざるを得ないのだろう。二人が浮かべる真剣な表情がそれを物語っている。

 私はしばし考えて、提案した。


「……馬は置いていったほうがいいかもしれませんね」

「リデル?」

「森ですからね。相当慣れていないと、馬に乗って動き回るのは難しいかもしれません。森の前あたりにつないでしまうと誰かに持って行かれるかもしれませんし、森の中につないだら野生の狼たちの餌食になってしまうかもしれません」

「リデルの言うとおりだな。俺、まだ上手く乗りこなせてないし、そっちのが助かる」

「姫はどうですか?」

「うーん……私も、原っぱとかなら大丈夫だと思うけど……森の中は駆け回ったことがないから……」

「決まりだな」


 姫の答えを聞いてカイルが私を見て、私も頷く。


「馬は宿屋に預けたまま行きましょう。ルルテからウディエールの森までなら、歩きでも日が高いうちに着けますし、問題はないと思います」

「よし、行こう!」


 姫のその声を合図にして、私とカイルは立ち上がった。


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(現在「番犬が行く!」絵一枚掲載中)
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