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05 ルルテ

 * * *



 ルルテに到着し、とりあえず三人とも馬から降りる。

 ルルテは規模こそさほど大きくないが、住人はそれなりにいるし、リオールからもそれ以外の近隣都市からも訪れる人はいるので、人通りは多い。

 この街は王都であるリオールから近い場所にあり、かつ規模もあまり大きくないため、他の多くの都市や街と違って領主は置かれていない。リオールから派遣されている数人の騎士と地元出身の騎士たちで騎士団を形成し、基本的には彼らが街を取りまとめている。彼らの手に余るなにかしらの事件が発生すれば、リオールに要請を出して騎士団や官吏を派遣してもらうようになっている。

 領主がいるのであればまず領主のもとへ向かい、挨拶をして領主城を拠点とさせてもらうのが普通だと思うのだが、ルルテには領主も領主城も存在しない。ならば街を取りまとめている騎士団の詰め所を訪ねるべきかとも考えたが、国王様からは内密に調査を進めるよう言われていると、姫がおっしゃっていた。なら、拠点にするのは一般の宿屋のほうがいいのだろう。


「姫、路銀はいくらかいただいているんですよね?」

「うん」


 姫が持っていらした荷物の中から袋を一つ取り出し、口を開けて私に見せる。すぐ隣の街までの三人旅には多いくらいの額だったが、ありがたい。あるなら遠慮なく使わせていただきましょう。


「これだけあれば余裕で三人分の宿が取れますね。念のため、今のうちに予約しておきましょう」

「え?」

「調査にどれくらいの時間がかかるかはわかりませんが、夜の森は危険ですから、日が暮れる前にこのルルテに戻ってくる必要があります。すぐ済むにしても、今日中にリオールまで戻るとなるとかなりの強行軍になります。どちらにしても、一晩はここで過ごした方がいいでしょう」

「そ、そっか……」

「早めに済んだら、少し街を見て回ってから帰りましょうか」

「……え?」

「外は初めてでしょう?」


 すると、姫は驚いた様子で目を丸くされ、すぐにうれしそうに顔をほころばされた。


「ありがとう! リデル大好き!」

「光栄です。それでは、私は宿をとってきますので、姫はここでカイルと待っていてくださいね」

「うん! ……えぇ!?」


 姫の遅れた反応にこっそり笑いながら、私は一番近いところにあった宿屋に向かった。途中でちらりと二人の様子を窺えば、顔を真っ赤にして狼狽していらっしゃる姫から少し離れたところで、カイルが複雑そうな顔をして私を見ていた。

 二人部屋一つに一人部屋一つ、更に馬三頭。予約はあっさりとることができた。今は特にルルテでも周辺の集落でも行事がないため、宿屋はどこでも空いている状態らしい。これが例えば、数日後にリオールで祭りがあるとなれば、どこもかしこともいっぱいだったのだろう。

 馬は今からでも預かってもらえるらしい。証明書代わりの木で作られた番号札を受け取り、姫とカイルの元へと戻る。

 二人きりにするというのは荒い対処法だったかもしれませんが、二人きりになれば観念してなにかしら話をするのではないか、と思ったのですけど……。


「お、おおお、遅いよ、リデル!」


 泣き出してしまわれそうな顔をされながら私を迎える姫と、困り果てた顔で立ち尽くしているカイルを見て、ため息をついた。

 どうしたら普通に話せるようになるんでしょうね、この二人……。


「これでもスムーズに宿が取れた方だと思いますが……」

「歩くのが遅いんだよ!」

「姫よりは速いですよ。さて……」


 やいのやいのと文句を言ってこられる姫の声をさらりと流して、次の行動の提案をする。


「ひとまずあの宿屋に馬を預けて、軽くなにか食べて、少し休憩して、それから森へ出発しましょうか」

「そうだな」


 頷くカイルとは逆に、姫は不思議そうな顔をした。


「ごはんにはまだ早いみたいだけど……」


 並ぶ店を見渡しても、飲食店らしきところには人はまばらにしかいない。王城という小空間ではほぼ決まった時間帯に食事をとっていらしたのだろう姫からしてみれば、「昼食をとるにはまだ早い」という感覚になっても仕方がない。


「森ではなにがあるかわかりませんから、このまま休憩だけして出発するのは危険ですよ。なにか軽く食べて、途中空腹になったら携帯食料を食べる。で、いいんですよね、カイル」

「ああ……まあそうだな」

「……そっか」

「あ、姫が食べたいものでいいですよ」

「ほんとう!?」


 私の一言に、姫の顔が輝いた。食い意地が張っている、と言うと聞こえは悪いだろうが、姫はおいしいものが大好きだ。私が少々意地の悪いことを言った結果むくれてしまわれても、大好きだと公言して憚らない私の手作りクッキーを食べれば機嫌が直ってしまう方ですからね。

 馬を宿屋に預けた後、早速なにを食べようかと店を見て回り始める姫の後を、私とカイルはついて歩く。表情に疲れがにじみ出ているカイルを横目に見て、ため息混じりに声をかける。


「カイル、緊張するのはわかりますが、もうちょっとリラックスしても大丈夫ですよ?」

「……無茶言うなよ。つか、リデルがリラックスしすぎだと思うぞ、俺は」

「そうですか?」


 敬意を払うことは必要だろうが、カイルほど不必要にがちがちにかたまってしまっては、姫だって応じにくい。なにしろ私が敬語を使うことさえ最初はやめろと言っていらっしゃったくらいだ。畏まられるより砕けた態度のほうが気が楽なのだろう。もっとも、彼女が『姫』として生まれてきた以上、それは無理な話なのだが。しかし、ここは城内でも城壁内でもない。無防備に通りを歩いて立ち並ぶ店のメニューを眺めている少女を、誰が自国の姫君だと思うだろうか。咎める者もいないのだし、もう少し肩の力を抜いて接してさしあげたほうが、姫も安心できるでしょうに。ただでさえあちらも緊張していらっしゃるのだから、なおさらだ。この二人のこの雰囲気は、いったいどうすれば矯正できるでしょうね……。


「……リデルは、」

「リーデルー!」

「はい! ……カイル?」

「……や。やっぱいい。それよりシルヴィア姫様がお呼びだぜ」

「え、ええ……」


 カイルが言いかけたことがなにかは気になるが、呼んでいらっしゃる姫を放っておくわけにはいかない。私とカイルは、小さな店の前で立ち止まっている姫に駆け寄った。


「ね、これなに?」

「ああ……バンですね」

「バン?」

「……説明するより食べてみたほうが早いと思いますよ」

「じゃあ食べる! おじさーん、これ三つちょうだい!」

「あいよ!」


 そこは、店と言っても出店のような形態になっていて、窓口で店員が注文を受け、料金を受け取って商品を客に渡すスタイルをとっているようだ。店専用の椅子やテーブルはない。よくまあこんなところのメニューに目を付けたものですね。


「……いいのか? 王族にバンなんて庶民の菓子食べさせて」

「本人が食べたがっていらっしゃるのだから、かまわないでしょう」


 私が普段持っていくクッキーなどのお菓子だって、庶民のものなわけですし。姫自身はなんとも思わないだろう。彼女の周囲は顔をゆがめるかもしれませんが、今はここにいないのだから気にする必要はないでしょう。


「……それもそっか。どの辺で食う? 見た感じ、この辺に座れそうなとこはないけど」

「このまままっすぐ行けば噴水のある広場があるんですよ。確かそこは、周りを丸く階段で囲んでいたはずですから」

「……いーのかよ、王族を階段に座らせて」

「姫は気にされませんよ、そんなこと」

「そーかよ……」


 ふと、カイルが前に進み出て、姫に近づいた。私はそれをただ見守る。


「おまちどう」

「ありがと、っ、あっつ!?」


 湯気がたっているバンを受け取ろうとして、その熱さに驚かれ、取り落とされてしまった。それを、後ろから腕を伸ばしたカイルが、地面に着く前に拾い上げる。……見事です。気づいていたとしても、私では絶対にできませんでした。


「カ、カイル……」

「できたてのバンってのは熱いですから気をつけてください……って言おうとしたんですけど、遅かったですね」

「う、あ、え、えっと……」


 驚いていらっしゃるのか、姫は言葉を発しようとしていらっしゃるのだけれど、まるで言葉になっていない。


「リデルが、向こうなら食べれる場所があるって言ってましたから……行きましょう」

「あ、う、うん!」


 熱々のバンは三つともカイルが受け取って、姫は手持無沙汰な状態で、私は広場まで二人を先導した。


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(現在「番犬が行く!」絵一枚掲載中)
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