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02 エタニアール

 とにかく、それならば私がはじき出せる答えは決まっていたが、念のため、最後の砦となる質問をしてみることにした。


「……では、細かにカイルという人物の容姿を教えていただけますか? ああ、書くものならありますから、似顔絵を描いてくださっても結構ですよ」

「うっ……」


 苦くうなった少女の前に紙とペンを差し出せば、少女は真剣な顔でペンを握り紙の上にその先を走らせていく。私は黙ってその完成を待った。

 待つことしばらく。お出ししたお茶が冷め切ってしまう前に、少女がぱっと顔を上げて、紙のふちを持って胸の前に掲げて私に見せた。


「こんな子!」


 出来上がった似顔絵に、ため息を隠さなかった。

 隠せなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。お客様に対してため息をつくなどという失礼な行為、普段なら絶対しないのですが。今回ばかりは無理でした。無理がありました。

 人間かどうかの判別に迷うような絵です。参考にはできそうもありません。


「……申し訳ありませんが、私には探せません」

「……やっぱり?」


 正直に伝えれば、少女も苦く笑った。自分が無理を言っていることも、絵の才能がないことも自覚していたようだ。

 彼女としては、ひやかしでも冗談でもなく本気で私を頼ってきたのだろうから、私の責任ではないとしても、この結末に少々申し訳なさを覚える。


「本当に申し訳ありません、お力になれなくて……」

「あ、いいのいいの! ダメ元で来たんだもの、気にしないで」


 明るく笑う少女は、似顔絵にならなかった似顔絵をぐしゃぐしゃに丸めてしまう。丸め終わっても、やりどころのない両掌でころころと転がすように弄ぶ。


「ずっと探してるんだけどね、全然見つかんなくて……。偶然この家の前を通りがかってね。《魔術師リデル》の名前は知ってたし……魔術師ならもしかして探せないかなぁって思っただけなの。うん、地道に自分の足で探すよ!」


 明らかな空元気を振りまく少女に、私はなにも言うことができなかった。口を開けば、謝罪以外にどんな言葉を告げればいいのかわからなかったからだ。私は人間関係についての経験値がとても低いが、彼女は私の謝罪を求めてなどいないことくらいはわかる。

 ふと、まじまじと少女の容姿を確認した。少女は私から向けられる視線に気づいたのか、不思議そうに首をかしげた。そこで、自分がとても失礼なことをしていると気付く。

 私としたことが、なんとぶしつけな……。


「あ、失礼しました」

「ううん、いいけど。私、なんか変だった?」

「いえ……」


 変、というわけでは断じてない。ないのです。しかし、どうしてでしょうか。どうにも目の前の少女に見覚えがあるような気がしてならないのですが……。

 かといって、既存客というわけではないはずです。もしそうであるならば、もっとはっきり覚えている自信があるし、たとえ私がど忘れしただけだとしても既存客であると少女本人が証明するはずです。

 街のどこかですれ違ったのでしょうか。身なりから、少なくとも商人などの一般市民ではないだろうと推測できる。特に身に纏う衣服は、手で触れていないので確かではないが、かなりの上等品と見える。この周辺はどちらかと言えば一般市民のテリトリーではあるが、貴族が一切立ち寄らないとは言い切れない。私自身も仕事のために貴族の邸宅が並ぶ通りを歩いたりもするわけだし、どこかですれ違っていてそれを覚えていたとしても、なにも不思議はない。

 そう考えてはみても、やはりどうにもしっくりこない。初対面には違いないと思うのですが……。


「……まあ、せっかく淹れましたし、お茶をどうぞ。お菓子も、遠慮なく」

「えへへ、うん! ありがとう!」


 考えても仕方のないことですけど、すっきりしませんね……。名前でも聞けば、思い出すでしょうか。

 そういえば、まだ彼女の名前を伺っていなかった。普段だったら最初に聞いてしまうんですけど……うっかりしてました。

 記憶の捜索を切り上げて、席を立ち、背後に設置してあるチェストから、魔術師リデルの客である証となる特別製のカードを一枚手に取った。


「おいしい!」


 彼女の澄んだ声が室内に弾んだ。私が視線を彼女に戻すと、白くてほっそりした指には齧りかけのクッキーがつままれていた。


「……そうですか?」

「うん! お茶もおいしいけど、このクッキーとかもう絶品! どこのお店の?」

「あ、いえ、それ私が作ったんですけど……」


 答えると、目が零れ落ちるのではないかと思うほど、少女は目を丸くした。


「……うそ!?」

「本当です」

「えー、えー! リデルってすごいのねー!」


 きらきらと目を輝かせている少女から寄せられる賞賛があまりにも気恥ずかしくて、少女から顔をそらした。代わりに、先ほど用意したカードをテーブルに置く。


「これは、私の既存客である証のカードです。次の機会にはこれをお持ちください。……名前をお聞きしてよろしいですか?」


 お客様かどうかの確認の際に用いるこのカードには、魔術で名前を刻むようにしてある。お客様が自分の名前を口にしたら、その時点でこのカードに名前が刻まれる。そして私が「客人と認める」と唱えれば、そのお客様専用カードの出来上がりだ。一部の例外を除き、複製は不可能。偽造や代理人という手段は効かない。また、紹介状を作る際には、カードを紹介状の上においてその旨をカードに向かって唱えてもらう。呪文と言うほどのものではなく、自分の名前、相手の名前、そして紹介するということを明言すれば、紹介状にカードがマークを刻みつけるのだ。それにより、確実に既存客からの紹介であると判断できるようにしてある。

 目の前の新規のお客様は、陰りのない表情で小さく頷き、名乗った。


「シルヴィア」


 その名前を聞いた瞬間に、ぽん、と頭の中に同じ名前の少女の顔が浮かんだ。

 これほど間近で向き合ったことなどないし、言葉を交わしたことも確かにないが、今記憶から探し当てた少女と目の前に座る少女は間違いなく同一人物だ。

 見覚えがあって当然だった。見かけるだけなら何度か見かけている。名前を聞くまで気付けなかったことは情けないですが、本来ならこんなところにいるはずがない人物ですからね……。先入観とは恐ろしい。


「……フルネームでお願いします」

「えっ!? え、えっと……えぇっと……」


 焦ってぐるぐるしている少女の様子をしばらくの間じっと見ていた。答えを出せずに困り続ける目の前の少女に気づかれないよう小さなため息をつく。

 こんなに詰めが甘くて大丈夫なのかと、思わず心配になってしまった。


「そこで困るくらいなら、最初から偽名を使用されることをお勧めさせていただきますよ。もっとも、このカードは偽名では反応しませんけれどね。シルヴィア姫」

「……うぅ~……」


 悔しそうに、現国王様の娘、シルヴィア・エタニアール姫は、テーブルに突っ伏して頭を抱えられるのだった。



 * * *



 ここ《エタニアール》は、世界で一番大きな国と言われている。実際、店頭に並ぶ世界地図を見ても、エタニアールに匹敵するほど広大な国土を有する国は見当たらない。もっとも、意図的に掲載されていない可能性も否めない。エタニアールの店頭に並ぶ世界地図は、その全てがエタニアールを世界の中心に据えている。国というものは、時に情報を操作するものだと教わった。この国が自国の威信をより強調する等の目的で地図に手を加えている可能性は否定しきれるものではないだろう。

 ただ一つ明らかなのは、エタニアールは周辺諸国に比べれば非常に大きな国であるということ。これだけは疑う余地がない。そもそもその周辺諸国というのも、エタニアールの属国のようなもので、エタニアールの庇護下にあって存続している。それについて不満の声は聞いたことがない。届いてこないだけかもしれないが、少なくとも私が物心ついた頃から、戦争や反乱があったという情報は流れてきていない。

 この国は、《神に愛された国》と囁かれている。エタニアールを統べる国王様の一族は、昔から《神に愛された一族》と言われているからだ。それが嘘か真かは定かではない。

 王族には奇跡とも呼べる特殊な力が宿る。それゆえに王族は《神に愛されている》と解釈されているわけだが、特殊能力を有するからと言ってそれが神に愛されている証拠になるのか、調べる方法があるのならご教授願いたいものだ。

 それは伝説であり、神話のようでもあり、ささやく声は信仰じみている。というか、この国は実際それを国教としており、王都では王城前の広場の近くに教会が建てられている。それ以外の宗教は、公式には認められていない。極々一般的な人々は、もしかしたらほかの宗教というものの存在すら知らないかもしれない。そう思うほど、他宗教について出回っている情報は少ない。私は先生に教えていただいたから知っているだけだ。

 私は別に、国教を否定する気はない。しかし、そこまで信じる気にはなれない。それが正直なところだ。けれど、王族に宿る奇跡の力には興味を惹かれる。情報通りならそれはまさしく『神秘』という言葉がぴったりだと思う。なにせ、魔術ではできないことばかりなのだから。人間として、一魔術師として、興味を持って当然だ。

 現在の王家の構成は、現国王様にどこかの名家から輿入れされたお后様、そしてお二人の間には王子一人に姫が二人いらっしゃる。先代国王様は、一人目の御子がお生まれになる少し前に亡くなられている。そのほか、国王様のご親戚筋に当たる方々は、有力貴族としてその名を轟かせている。

 極端に言えば神の化身のごとく扱われている国王様をはじめとするその一族、特に国王様と直接血を連ねている方々は基本的に街には下りてくることはない。当たり前だ。彼らが街を遊行していたら、それだけで大騒ぎになる。彼らが王城から姿を現すのは、なにかの記念祭などでパレードが催される時か、どこかの都市の視察に出られる時くらい。それ以外では、王城と関係施設を取り囲む背の高い壁の向こうに閉じこもったまま出て来られない。城内で仕事をしている者だって、直接お仕えしている者でもなければそう何度もお姿を目にすることはないだろう。だから、王城を抱えるこの王都《リオール》の住人であっても、王族の方々の容貌を詳細に記憶しているものはほとんどいない。

 だからこそ、国王様の三人目の御子であるシルヴィア姫は、堂々と街中を歩き回られたりしていらっしゃったわけだ。


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(現在「番犬が行く!」絵一枚掲載中)
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