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01 面倒くさい二人

 シルヴィア姫お気に入りのクッキーを持参し、騎士団が使用している鍛錬場が窓から見える回廊を歩き、ある一つの窓から数歩離れたところで足を止めた。先客がそこからじっと外をうかがっている。もちろん、いらっしゃることを想定して来たのだ。

 自分の気持ちを自覚してから、顔を合わせるのはこれが初めてになる。胸に詰まるような重たい空気を悟られないようにそっと吐き出して、不自然にならないよう細心の注意を払って声をかける。


「シルヴィア姫」

「ひゃおぅ!?」


 以前と変わらない、驚いて体を跳ねさせて急いでこちらを振り返るその動作に、妙にほっとした。大げさな反応に小さな笑いすらこみ上げてくる。


「……驚きすぎです、姫」

「リ、リデル……ひ、ひさしぶり~」

「ええ、お久しぶりです。姫がぜんっぜんいらっしゃらないので、こちらから伺わせていただきました」

「あ、あはは、ごめんね」

「いいえ、かまいませんよ。今回はちょっとうっかりお菓子を作りすぎてしまいましたので」

「リデルも結構ひどいよね!」


 ふざけたような応酬をして、口実用に作ってきたクッキーを詰めた袋を鞄から取り出して姫にお渡しする。姫はそれを受け取ると、うれしそうに頬をゆるめた。その顔に、ああ好きだなあ、と何気なく思った。胸の内側が甘いような、切ないような色に染め上がる。


「ありがと、リデル!」

「いえ別に」


 そっけなく返す。

 正面からまっすぐに向けられた笑顔に動揺したのは、私だけの秘密だ。幸い、姫はなにもお気づきになっていらっしゃらないようですし。

 姫は私の目の前で袋を開け、クッキーをひとつつまんで取り出し、口元へ運んで噛り付いた。さく、と小気味よい音が静かな広く長いに響く。そして、姫が幸せそうに笑う。少し頬が緩んだ気がしたが、傍目にはきっとわからない程度だろう。


「ん~、おいしい! やっぱりリデルのお菓子が一番おいしい!」

「光栄です」


 手元に残った部分も口の中に放り込んでから、彼女はまた窓の外を見る。

 なにを見ているのかなんて、聞くのも馬鹿馬鹿しい。彼女の目にはもう、特別なたった一人しか映っていない。それをほんの少しさびしいと思うけれど、散々泣いたおかげで涙はもう出そうになかった。


「いつもそうやってカイルを見てらっしゃるのですか」

「うん」

「姫、それでは不審者です」

「いーの! 私一応お姫様だから! 城内のどこからどこを見ていようと私の自由!」

「……まあそうなんですけどね。あえて申し上げますが、論点がずれていますよ」


 シルヴィア姫が笑いながらクッキーの袋を差し出してきた。意図するところを正確に把握し、数秒躊躇ってから、そこからクッキーを一ついただき、一口かじった。本来ならば王族に対してとるような行動ではないが、姫のほうからすすめてこられたのだ。それを断ることのほうが失礼であり、不興を買うことだろう。

 姫はあくまで、私を友人と考えて接しているのだ。人目があれば私のほうから注意もするが、ここには私と姫しかない。注意する理由が見当たらなかった。

 姫は何度も「おいしい」「ほんとにおいしい」「最高」と言いながらぱくぱくとクッキーを食される。そんな姫の隣で、私は手に取った一つだけのそれをまたさくり、と一口かじった。

 私が作るお菓子は、その全てが先生の味覚に合わせたものだ。私には少々甘すぎるくらいだが、姫にはちょうどいいらしい。私が好きなのは作ることであって、食べることではない。もっと言えば、作ることももちろん好きだが、それ以上に「おいしい」と言って食べてくれる人の顔を見るのが好きなのだ。先生とか、今目の前にいる姫君とか。


「……騎士見習いだそうですね、彼」

「なんで知ってるの!?」

「騎士団の団長とは縁がありまして」


 食いついてこられたシルヴィア姫に対してしれっと答えた。嘘ではない。

 特に確認は取っていないが、カイルが私の元へと訪れたのは、ハンスさんがそう仕向けたのだろう。以前、機会があったら逢わせてやると言われたことがあるので、そうだと思う。けれど、ハンスさんから直接カイルについての話を聞いたわけではないのだから、質問に対する真の答えとは言えない。それを見抜くための情報を、姫は持っていない。嘘と見抜けなければ、そうと教えない限り、それは真実と変わらない。

 カイルが度々私の家を訪れている。それを教えてさしあげれば姫は喜ばれるかもしれないが、今彼女に会う意思がカイルにあるのか確かめていない。騎士見習いでは満足していないようなので、もしかすると見習いを脱却するまで会うつもりがないのかもしれない。一人前でないという事実は、相手にとってはどうということはなくても、本人からしてみると顔を合わせづらくさせる。そういった部分は、私にも覚えがある。

 とにかく、今はまだ真実を伝えることはできないと思った。

 ……と、いうのは建前でして。いえ、まったく考えないわけでもないんですけどね。もっと単純な理由があるわけでして。

 つまるところ、面白くないんですよね。


「ほかには!? ほかにはなにか知らない!?」


 興奮して詰め寄ってこられる姫に嘆息する。

 こうまで無防備に顔を近づけられるくらい私のことは眼中にないのだと思うと、いっそ清々しいくらいですね……。我がことなのでとてつもなく虚しいです。


「わかりましたから、離れてください」

「うん!」


 姫は頷くと、ぱっと私との間に距離を作られた。いつもの距離に安堵のため息をこぼしてから、姫のご要望にお答えするために口を開く。


「フルネームはカイル・デーン。姫のご推察通り、年は私たちと同じです」

「ほう!」

「生家は一般家庭ですね。ご両親は商店街で店を構えています。農産物を色々扱っているようですが、メインは野菜と果物です」

「ほうほう!」

「以上です」

「それだけ!?」

「……あのですね。立ち入ったプライベートのことまで聞くわけがないでしょう。いったいどんな情報を期待されていたのですか?」

「え……うーん……?」


 聞かれて考え込まれる姫君。きっと、特になにを、というのは考えていなかったのだろう。ただ、どんな些細なことでもいいから、カイルのことが知りたかっただけなのだ。


「知りたいことがあるのであれば、ご自分で聞きに行かれてはどうですか? 団長でよろしければご紹介しますよ」

「……リデル、意地悪だ」

「ええ、私は意外と意地悪なんです」

「……自分で言うかな、意外と、とか」

「言ってはいけませんか?」

「いいけど。なんかリデル、変わったね」

「え?」

「明るくなった!」

「……そうでしょうか」


 笑顔の姫君に、考え込む。

 自分ではそうとも思えないが、姫がそうおっしゃるのであれば、そうなのかもしれない。

 私の中に、姫の言葉を疑うという選択肢はない。彼女が嘘をついたことなど、一度もないからだ。姫は基本的にあけすけで素直だ。取り繕うということを知らないかのように。

 ……よくよく考えるととても不安になりますね。姫君なのに、そんなことで大丈夫なのでしょうか。


「で、姫」

「なぁにー?」

「彼に言わないのですか? 『好きです』とか」


 再びカイルへと視線を向けてしまった姫に、直球でぶつけてみた。すると、姫は「ぶっ」とにごった音を吹き出して大層驚いてみせた。元々大きな目を丸くして私を振り返る。


「なっ、なっ、なー!?」

「おや、アタリですか」


 なんだ、自覚済みじゃないですか。

 真っ赤な顔の姫に、少しつまらないと思う。しかし、そんな姫とカイルを見ていたところで気が晴れるとも思えない。別に二人がこのまますれ違ってしまえばいいと思っているわけではないし、むしろ、姫には幸せになってほしいと願っているのだから。


「で、言わないのですか? 言ってしまえばいいんじゃないですか? 一般市民が王族に告白するよりはアリだと思いますけど」

「う、うぅ~……」


 王族や貴族なんて存在は一般階級の市民からしてみれば、言ってしまえば高値の花だ。どれだけ評判がよく好かれている人物でも、市民からしてみればその姿を拝見できるだけでも十分となってしまう。それ以上を望むのは恐れ多いことなのだ。王族や貴族の間に身分の上下が染み付いているように、一般市民の中にもそれは強く根付いている。つまり、どれほど憧れようと、どこかに相手は別世界の人間であるような錯覚があるのだ。それはカイルとて例外ではないだろう。それでも相手に告白できるのは、よほどの勇者か馬鹿ということになる。

 もちろん、姫が告白してしまえば万事解決、とはいかないでしょうが。常識的に考えて王族が交際、というか婚姻を結ぶ相手は貴族か他国の王族と決まっている。貴族相手ならまだしも、王族が一般市民と結ばれた前例はなかったと思う。

 とにかく、カイルから姫に想いを告げる可能性は低い。二人が想いを通じ合わせるには、姫からお伝えになるしか道はないだろう。

 私の言葉に、姫は真っ赤な顔のまましゃがみこまれて、困ったように唸られた。


「そんなこと、言ったって……」

「言ったって?」

「……カイルはきっと、困るよ」

「…………」

「……私のことなんて、覚えてないだろうし。私、落ちこぼれだし……そんなのに好かれてるなんて知っても、困るよ、きっと」

「……そうですか」


 姫の苦悩は、私が考えた不安とはまったく別のところにあった。

 まあ、姫らしくていいですよね、そういうところ。

 強くなりたいという想いを常に抱いている様子の姫。もしかするとそれには、いつか胸を張ってカイルに気持ちを伝えられるように、という理由もあるのかもしれない。強がっていても、姫は自分に自信というものを持っていらっしゃらないのだ。それを克服しない限り、姫がカイルの前に出て行くことはないかもしれない。

 ……なんというか、こう言ってしまってはなんですが……予想以上に面倒くさい、この二人。


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(現在「番犬が行く!」絵一枚掲載中)
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