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03 心の刺

 * * *



 次の日、カイルさんが自主的にこの家を訪れた。ずいぶんと興奮している様子で、まるで小さな子どものようにキラキラと目を輝かせてやってきた彼に、玄関を開け放った直後に思わず体を後ろへ引いた。


「すっごいなあんたの薬!」


 敬語がとれてますよ。

 いつもの丁寧な言葉遣いを忘れるくらい興奮しているらしい。もっとも、私と彼は同じ年らしいので、そもそも敬語を使われるいわれはなかったのだからそれはかまわないのだが。

 それに、なんというか、こっちのほうがらしいような気がします。

 とにかく、玄関先では失礼なので応接間へと招き、お茶とクッキーを出してもてなす。そういえば、彼に対してお茶を出したのは、今日が初めてだ。初回も二回目も用意するものがあらかじめわかりきっていたので、椅子をすすめる間がなかったのだ。


「親父、今日すげぇ調子いいみたいでさ! もう仕事できるって、俺追い出されちまった!」


 嬉しそうなカイルさん。対して、それを聞いた私は少し困ってしまった。


「それは、よかったですが……完治したわけではないと思います。あまり無理されると、また痛めるかもしれません」

「そうなのか、っと。そうなんですか?」


 少し落ち着いたらしいカイルさんが、言葉遣いを以前のように戻す。別に敬語を使う必要などないと言うこともできたが、その必要性は感じなかったのでなにも言わなかった。


「大抵は腰に負担をかけすぎることが原因ですから」

「それって、もしかして重いもの持ったりとか?」

「ええ」

「あちゃー……」

「まあ、仕方のないことと言えば仕方のないことですけどね」


 仕事の関係上、どうしても腰に負担をかけなければいけない場合というものはある。カイルさんの父親は商店街で店を経営されているという。一見したところ、野菜や果物を主に扱っているような看板を掲げていたので、それならば商品を運び込む作業等で腰に負担がかかってしまって当然だろう。それならそれで、医師にかかりながらうまくつき合っていくしかない。

 それを告げると、カイルさんは少し考えて、


「あの、リデルさんの薬って、高いんですか?」

「え……えぇっと、どうでしょうね」


 言われて初めて、よその薬の値段と比較したことがなかったことに気づく。私の薬の値段というと、材料の仕入れ値にほんの少しプラスする程度だ。当然のことながら、利益がなければ商売は成り立たない。

 昨日の薬はいくらなのかと尋ねられたので答えると、カイルさんは目を丸くした。


「やっす! 安すぎじゃねぇか!? あ、いや、安すぎじゃないですか!?」

「そ、そんなに安いですか……?」


 わざわざ言い直された結果だが、三回も安いと言われてしまった。

 そういえば先生にも以前、「もう少し高めに設定してもいいんですよ」と苦笑された記憶がある。先生にそう言われても実感などわかなかったが、間違いなく一般庶民であるカイルからそう言われてしまうと、強い説得力を感じてしまう。

 私の薬って安かったんですか……。それは、道理でよく薬の依頼が舞い込んでくるはずですよ。


「ほかの所の薬使ったことないんですか?」

「はあ……先生が作った薬ばかり使っていましたし」

「先生? 魔術の? リデルさんの先生って……?」

「ウォーレン・ホワイトという方です」

「大っ物じゃねぇか……!」


 カイルさんが興奮を隠さない顔つきで身を乗り出してきた。私はさらに一歩後方へ逃げる。

 大物。その言葉を否定はしません。なにせ国一番の魔術師様ですから。そしておそらく、薬師としての腕も一級品だ。

 怪我をしても病気をしても、先生の薬はよく効いた。よその薬を使うことなど、考えたこともなかった。……なるほど、だからかもしれない。値段に関する感覚がいまいち掴み切れないのは。

 先生の薬を買おうと思えば、私の薬よりもう少しばかり値が張る。しかし大きな差というほどでもない。

 私が持っている薬に関する知識も技術も、すべて先生から教わったものだ。どちらがより優れているかと言えば、もちろん先生に決まっている。それなのに、先生と同等もしくは高い値段で薬を売るなんて、とてもではないが考えられない。だから先生の薬よりいくらか値段を下げて提供してきていたのだ。

 ……カイルさんのこの驚きようからすると、どうやら先生の薬自体、相場から考えるとかなり安いものだったようですね……。人のこと言えないじゃないですか、先生ってば。


「……でも、その額なら、うちでも出せる……」


 ぽつりと小さく、カイルさんがこぼした。それから、まっすぐに私を見据えた。どこか緊張した面持ちだ。


「あのさ、両親にリデルさんのこと、紹介してもいい、ですか?」


 わざわざ尋ねてくるカイルさんにきょとんとしてしまう。尋ねられる理由がわからなかった。そんなことを尋ねられたことなどなかったから。


「医師の薬は高いからって、親父、あんまりかかりたがらなくて。でもリデルさんの薬は、よく効くって誉めてたし……値段も医師の薬よりずっと安いし! だから……!」

「はあ……それはもちろん。あなたはすでに私のカードを持っていますから、紹介状さえ紹介する方に渡してくださればかまいませんよ」

「っ、よっしゃ!」


 許可を明言すれば、カイルさんは力一杯喜びを表現した。


「ありがとう、リデルさん!」


 そして、彼の笑顔と感謝は、やはり居心地が悪い。胸の奥になにかもやもやとしたものが溜まっていく。


「親父、きっと喜びます」

「そうですか……」

「そういえば、リデルさんってここに一人暮らしなんですか?」

「ええ、まあ」


 唐突に話が変わりましたね……。

 彼の中ではなにかしら繋がっているのかもしれないが、彼の思考回路は私には理解できない。なにがどうしてそうなった。


「じゃあ家族とは別なんですね。リデルさんの家族って、なんか想像できないな……どんなひとたちなんですか?」


 邪気など一切感じられない、純粋な好奇心に満ちた少年らしい瞳を向けられた。その瞬間、形容すべき言葉が見つからないようななにかが内部のどこからかせり上がってきたような気がした。


「……さあ?」

「え?」


 胸の奥が、なんだかもやもやする。


「……あなたの中の普通が、誰にでも適用されるなんて思わないでください」

「リデルさ、」

「用が済んだなら帰ってください」

「…………」


 背中を向けて、カイルさんの言葉すべてを拒絶した。その空気が伝わったのか、カイルさんは静かに、少し戸惑った声で「おじゃましました」と告げて、出ていった。

 ドアの閉まる音が耳に届いてから、椅子に腰を下ろし、大きく息を吐き出しながらテーブルに突っ伏した。

 トゲのある言葉だったと、自分でも思う。あんな風に言うつもりはなかったのに、止まらなかった。止められなかった。

 もやもや。

 母はどんな人だったのか。父はどんな人だったのか。兄弟はいたのか。

 考えたことなどない。考えないようにしてきた。考える必要などないのだから。だって、私にはもう関係のないことだ。理解している。割り切っている。私は幸せだ。捨てられたことを恨んでなどいない。先生と出逢えたのだから、もうそれだけで……。

 もやもやする。

 彼の笑顔も感謝も、戸惑った声も、全部全部。

 ひどく、居心地が悪い。

 なんだか無性にすべてを噛み潰してしまいたくなるのだ。


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