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魔術師

 その子どもは、頭のいい子どもだった。大してものを知らないような時分ではあったけれど、自分が置かれた状況をよく理解していた。ここまで手を繋いできた父と母にはもう二度と会えないだろうということを、間違いなく理解していた。

 雪の季節、子どもは捨てられた。

 しんしんと空から舞い降りてくる白くて冷たいものを下から眺めて、ただ眺めて、子どもは与えられたじっと時間を過ごした。どうしよう、という考えは浮かばなかった。父と母は子どもに、ここにいなさい、と言った。ここから動いてはだめだよ、とも付け加えてから、姿を消した。

 大きな木の根っこにもたれかかって、子どもは一人、そこにいた。

 風どころか空気そのものが冷たくて、吐き出す息は真っ白で、あんなに痛かった耳も鼻も手足も、今はもう痛くない。

 子どもはそっと目を閉じた。

 遠い意識の中で、ざく、と雪を踏みしめる音を聞きながら、眠った。

 次に子どもが目を開けると、真っ先に飛び込んできたのは天井だった。知らない天井だった。子どもが過ごしてきた家の天井は、こんなにしっかりしていなかった、と思う。

 起き上がってみようとしたが、体はちっとも動かなかった。眠る前は全然痛くなかったはずなのに、今はあちこちが痛いような気がした。子どもは起き上がることは諦めて、首だけを動かしてみた。首はちゃんと動いて、子どもは周りを見ることができた。けれど、視界に入るそのすべてが、子どもには見慣れないものだった。

 ここはどこだろう。自分はどうなったのだろう。どうなっているのだろう。

 子どもがようやく疑問を抱いた頃、見知らぬ青年が子どもの傍までやってきた。その青年は子どもが目を開けて自分を見ていることに気づくと、ほっとした様子で小さく笑みを浮かべた。


「気がつきましたか?」

「……、……」


 おにいさんはだれ?

 子どもはそう尋ねようとしたけれど、声が出なかった。口はなんとか動いたけれど、喉がなんだかがさがさして、ものすごく痛くて、声なんて出せなかった。


「無理をしてはいけませんよ。今は、体を治すことだけ考えましょう。治ったら、君が不思議に思っていること、全部教えてあげますからね」


 子どもが驚いていると、青年は子どもの頭を優しい動作で撫でた。その指は、父より繊細で、母より大きかった。触れたぬくもりが心地よくて、子どもはそのまま再び眠りについた。

 やがて痛いところがなくなると、青年は約束どおり、子どもの疑問すべて答えてくれた。

 子どもは、雪が降っていたあの日、凍えて死ぬ寸前だった。体のあちこちが凍傷を起こしていた。偶然そこを通りがかったという青年は、そんな子どもを連れて帰り、治療してくれたのだという。


「ご両親はどうされたんですか?」

「おとうさんとおかあさんには、もうあえないの」


 青年の質問に、子どもはなんでもないことのように答えた。

 その言葉で、青年がすべての事情を理解したのかは、子どもにはわからない。もしかしたら最初からすべてを知っていた可能性もあるけれど、子どもはそれを青年に尋ねることはなかった。


「……私と一緒に暮らしてみませんか? 一人での生活には、少し飽きてしまいました」

「……ぼくでいいの?」

「はい。お願いできませんか?」


 青年の申し出に子どもは頷いた。家族になりましょう、と言われたなら、子どもはきっと首を横に振っただろう。父と母が子どもを置いていってしまったのは、子どもが邪魔になったからだ。実の親が放り出した存在だというのに、それなのに、この青年の家族になれるだろうか。なれるわけがない。けれど青年は、一人は飽きたから一緒に暮らしませんか、と言ったのだ。それはきっと、子どもでも役に立てることだ。一緒にいることで、子どもを治療してくれたこの青年の退屈しのぎになるのなら、それはきっと恩返しになる。そう考えた。だから子どもは青年と一緒に暮らすことにした。

 けれどその後の生活は、ようするに家族になったようなものだった。青年は子どもを育ててくれた。子どもはそれが心苦しかった。恩返しをしようと思っていたのに、子どもは結局青年の世話になりっぱなしだった。

 だから子どもは、はやく一人前になって、今度は青年の世話をしようと思った。世話ばかりかけるのではなくて、青年の役に立とうと思った。

 青年は、魔術師だった。

 だから子どもは、魔術師になることにした。


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(現在「番犬が行く!」絵一枚掲載中)
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