中途半端はやめて
建設会社を経営している男がいた。男は会社を存続させ、より大きくするために社員に過酷な要求をし続けている。
そんなある日、『男のプレッシャーにより追詰められた』という遺書を残して一人の社員が自殺をした。男は責任を感じ、二度と被害者が出ないよう、自殺した社員のかかりつけの精神科医を調べ、助言を求めるために会いに行った。
「自殺した人は几帳面な性格な方で、あなたの期待に応えようと努力し、全て完璧に仕事をしないと気が済まなくなってしまいました。あなたの会社では数十人の方が現在も通院されています。皆さん、あなたの命令でストレスを感じられているようです」医者は寂しそうな目をした。
「そんなに多くの社員がですか? 今後、二度とこのようなことが起こらないためにはどうすればいいのですか?」男は椅子を医者に近づけた。
「がんばれというのは止めてください。また全て完璧ではなく部分的には中途半端でいい、所謂適当主義でいいと社員を指導してください。ただし、一度だけではだめです。機会あるごとに何度も言い続けて下さい。そうすれば徐々に社員の完璧主義の意識が変わってきます。社員が伸び伸び仕事をすれば、会社の業績も伸びると思いますよ」医者は男の顔を覗き込んで、うなずきながら言った。
「分かりました」男は頭を深く下げた。
帰社した男はさっそく社員を集めた。
「今回の事で皆さんにお詫びをします。今後は可能な限り、手を抜いていいところは、適当主義で仕事をして下さい。無理をせず、全て完璧にこなすということは止めてください。『中途半端』でいきましょう」
その日を境に社員は、傍目にも何か重圧から解き放たれたように生き生きしていった。その後も男は医者に言われたとおり、同じ指導を何度も繰り返した。
一年後、桜が咲き始めた頃、男の机の電話が鳴った。精神科の医者からだった。
「あなたの会社の方が全く来られなくなりました。もう心配ありませんが、今後もあの指導は続けてくださいね」
「本当ですか。よかった。今後ももちろん続けます」男は胸をなでおろした。
受話器を置くと、経理担当が決算書を持って、にこやかに部屋に入ってきた。
男は一目見て、「本年度の業績の伸びがすごいじゃないか。何が原因なのだ」と叫んだ。
「社長のご指導が功を奏しているのです」
「そうか、私は一年前までお前たちのけつを叩き、頑張れ頑張れ、と叱咤激励していたのは間違いだったのだな。通院している社員もいなくなったし、今回は本当にいい勉強をした」男は心から笑った。
三年が経った。男の指導は相変わらず続いていた。会社の業績は伸び続け、本社ビルも手狭になり、七階建ての新社屋を建てることにした。新社屋の完成が一ヶ月後に迫った日、震度四の地震があった。周りの建物はびくともしていないのに、なぜか施工中の新社屋だけが倒壊した。
男は工事監督をしている社員を呼んだ。
「どうなっているのだ。建設会社の本社が倒壊するとは笑い話にもなりゃしない。幸い、まだシートで周辺を囲っていたから世間には知られなかったが」男は机を叩いた。
「社長の指導に沿って施工したからです。何度も何度も言われるので徐々に手抜きの程度もひどくなりました。今回の工事が手抜きの程度が一番ひどいと思います。一度、手を抜くことを覚えてしまうと、なかなか元には戻りませんよ。利益もそれに応じて増えますから」社員は当たり前だと言わんばかりだった。
「そ、それで、業績も伸びていたのか」男は椅子から転げ落ちた。
「そういうことです。因みに震度五以上の地震が来れば、この三年間で我社が施工した建物は倒壊すると思いますよ」社員は平然と答えた。
「震度五の地震で倒れるだと。うちが施行した建物だけ倒れるということにでもなれば、我社は終わってしまうぞ」
男は社員を至急集め、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「お前ら、手を抜いていい所と悪い所さえも分からないのか。今後は三年前と同じ方針で行く。中途半端はやめろ。全て完璧に仕事をしろ」
男はすぐに神社に行き、神殿の前で柏手を打ち、「神様、震度五程度の中途半端な地震はやめて下さい。どうしても地面を揺らされるのなら、全ての建物が倒壊するであろう震度七以上の巨大地震でお願いします」と言って、深く深く、一礼をした。
巨大地震が起これば建物は全滅しますが、中途半端な地震では、倒れるものと倒れないものが出て、建物の優劣が付く場合があります。劣等感のある人は、リストラされることよりも、会社の倒産をも望んでいます。余談ですが『中途半端はやめて』という奥村チヨさんの歌もあります。




