↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

「厳しいこと言うけど」が口癖のVtuberとはコラボ配信したくありません

作者: はぢてる
掲載日:2026/09/22

短編です。あ、本作に登場するVtuberは完全なフィクションです。特にモチーフとか元になった配信者とかはいません。念のため。名前が似ている方がいたらごめんなさい。

「最近ギンちゃんとコラボの予定はないんですか?」


 ある日、雑談配信中にそんなコメントが来た。

 つられて他にも同様のコメントが書き込まれるので、流石に無視するわけにもいかなくなる。


「ギンちゃんとコラボねー。近いうちに予定されているのはないかなー」


 下手に「予定が合わない」などと嘘をつくよりも、適度にぼかして真実だけを書き込む。

 直後こそ理由に言及がないことに気付き「何かあった?」などと問い質すコメントもあったが、すぐに私が話題を移すと気を遣ってくれたのか深追いするのをやめてくれた。


 我がリスナーながら、実に気遣いのできる人達に恵まれた次第である。

 

 実際、私が近頃ギンちゃんを避けているのは事実だったから。


*****

 

 ギンちゃん、とは私こと猫舌カロンと同じ時期に大手vtuber事務所”くりあサイト”からデビューした銀色エクリちゃんのことだ。

 ファンからは「ギンちゃん」「エクリン」などと呼ばれており、ゲーム配信などでの大きなリアクション芸と、そこからは想像もつかないハスキーボイスの歌声で人気を博す。


 チャンネル登録者数200万人越えの配信者である彼女に対し、私自身は登録者数が最近ようやく30万人を越えた程度の個人V。中堅よりは少し上、人気配信者と呼ばれるにはいま一歩といったところである。2020年に入ってから始めた勢としては恵まれている方だと思う。

 

 ギンちゃんとも、本来なら大手の彼女とは接点がないのだが、お互いのデザインを担当してくれたイラストレーター同士が親しかった縁で、デビュー間もない頃に何度かコラボ配信をさせてもらった。

 昨今、大手事務所が外部の配信者とのコラボを控えつつある今でもたまに呼ばれることがある。


 つい最近も他の個人勢4人ほどと人気のゲーム大会をやらないかと誘われた。

 既に他の案件が予定してあったから丁重に断ったのだが、変に理由を作らなくて済んだことに正直ほっとしている。


*****


「厳しいこと言うようだけどー」


 それは二ヶ月ほど前にギンちゃんが「視聴者からのお悩み相談」と題した生配信でのことだった。


「それは甘えだよ」


 事前に事務所が募集した視聴者からの悩みにギンちゃんが次々と答えていく。

 そんな相談の1つにあったのが「自らもここ最近個人Vtuberとして活動を始めたが2時間の配信を週3で続けても中々チャンネル登録者数が伸びない。もっと頑張って毎日でも配信しなければならないのはわかっているが、中々身が入らずどうしたら良いか相談したい」という主旨のものだった。


「2時間の配信週3でやったって配信者が山ほどいるこの時代に伸びるわけないのはわかってるんだよね?今どき毎日3,4時間やってる人だってざらにいるし。それで危機感抱いているのに『中々身が入らず』ってのはもう配信者に向いてないんだと思うよ?はっきり言うけど、もうやめちゃった方が良い」


 私はアーカイブでその配信を観たのだが、結局その質問にギンちゃんが答えた時点で観るのをやめてしまった。

 相談者の配信時間が足りないことは自覚しているとおりだし、ギンちゃんの答えも決して間違ったことは言っていない。


「でもなー…」


 思うところがあり、私はそれ以来、しばらくギンちゃんと距離を置くことにした。


*****


「厳しいこと言わせてもらうと」


 父の口癖だった。


 体育会系で有名広告企業に勤める父は仕事中毒なところがあり、自分も残業や泊まりをたくさんこなす一方で他者にもそれを求めるような、自分にも他人にも厳しい人だった。


「厳しいこと言わせてもらうが、そんなんじゃこの先ウチでやっていけないぞ」

「厳しいこと言わせてもらうと、お前の企画は全部駄目だ」


 家でも部下とやり取りする電話で父は頻繁に「厳しいこと言わせてもらう」と言った。


 やがて父は家族に対しても「厳しいこと」を言うようになった。

 兄がテストで低い点数を取ると


「厳しいこと言うが、こんな点数取るんだったら学校なんて行く意味ないからな」


 私が習い事をやめようとすると


「厳しいこと言うが、そんな簡単にやめるような奴は今後何やっても中途半端にしかできないからな」


 父の言っていることは的外れではなかったのだろうが、とても嫌な気分になったのを覚えている。


 そんな中、当時中学生だった兄が学校を休みがちになった。

 母に連れられた心療内科で兄が「鬱病」という診断を受けたと知った父は、彼をリビングで正座させ「厳しいこと言うようだが」と今度も言った。


「鬱になったくらいで学校を休むなんて根性が足りないんだ。大体、鬱なんてのは俺の時代はなかった。そんなこと考える余裕がないくらい必死に生きる時代だったからだ。何不自由ない暮らしができるようになったから生まれた”甘え病”なんだよ、鬱ってのは。とにかくこれ以上、学校を休むな。勉強なり部活なりがむしゃらになって…」

 

 私はその時まだ小学生だったが、ずっと俯いていた兄の姿が大人になった今も脳裏に焼き付いている。


*****


 母が父と兄のやり取りについてどう思ったのか、未だにちゃんと聞いたことがない。

 でも多分、だいぶ前から思うところがあったのだろう。


 父が兄を叱責した夜から一週間ほど経ったある日、夜遅く帰宅した父に対して母は離婚届を見せた。

 その晩は遅くまで激昂する父の声でロクに眠ることができなかった。


 二段ベッドの上にいる兄も同様だったらしい。


「……ごめんな、俺のせいでこんなことになって」

「お兄ちゃんだけじゃないよ。ママも私も多分、もう限界だった」


 両親の口論は次の日の晩まで続いたが、最後まで態度を変えなかった母に根負けする形で父は離婚届に印を押した。


*****


 ギンちゃんが父のような人間だとは思わない。

 だが「厳しいこと言わせてもらうと」という体でアドバイスする彼女にはトラウマが刺激され、しばらくの間距離を置きたかった。

 そんな私の目論見は早々に気付かれてしまっていたのだろう。


「もしかしてなんだけど…カロン、私のこと避けてる?」


 視聴者との雑談配信からほどなくして。

 どうしても通話したいというギンちゃんからのメッセージを受け、流石にこれ以上は避けきれないと察した私が渋々承諾すると、彼女は開口一番に尋ねてきた。


「というか避けてるよね?なんで?」


 ギンちゃんの詰め寄るような口調が、ちょっと昔の父を被った。

 萎縮してしまう。

 でもギンちゃんは父とは違うんだから、と私は心の中で思いながら慎重に言葉を選ぶ。 


「……ちょっと最近のギンちゃんとは方向性が合わないように感じてて。別に無理してまでコラボする必要はないかなーって」

 

 あれ以来、ギンちゃんはお悩み相談を何度かやった。

 切り抜きが私のオススメ欄にも表示されたが、サムネを見るだけでなんとなく内容は想像できた。

 一応アーカイブを観て確認したが案の定、「厳しいこと言うけど」は今や彼女の口癖になってしまっていた。


 通話口の向こうでギンちゃんが「はぁ」と大仰に溜め息を吐くのが聞こえた。


「あたしも友達に厳しいこと言いたくないんだけどさー、そういうのって逃げだよ。カロン、配信者でしょ?私とコラボ配信すればリスナー増えるの間違いないんだし、そこは多少折れるべきところじゃないの?」

「で、でも私……今は地盤を固めたいっていうか、あんまり視聴者増やすことにがつがつするのもなーって感じで…」


 お願いだから、そういう言い方はやめてほしい。


「それが甘えなんだって。厳しいこと言うけど、そんなんだったらこの先消えるよ?カロンより話が面白くてゲームの上手なVなんて毎日のように生まれてるんだから」

 

 煽るようなことは言わないで。

 段々、気遣う余裕がなくなってしまう。


「そうなったらそうなったでまた考えるよ……」

「何それ?カロン、そんな気持ちでVやってたの!?厳しいこと言うけど、それ向いてないと……」

 

 私の中で何かがぷつん、と音を立てて切れた。


「厳しいこと言わなくて良いから口閉じてくれない?」

 

 スピーカーの向こうにいるギンちゃんが一瞬、言葉を失った。


「『厳しいこと』って前につけておけば何言っても許されるわけじゃないんだよ?」


 一度言ってしまうと、最早止めようがなかった。


「というかギンちゃん、そういうことが言える自分に酔ってるだけだよね?」


 ひゅう、とギンちゃんが息を呑んだ。


「な…何、その言い方!私、カロンのこと思って厳しい言い方してるんだから。本当は自分だってこんなこと言いたくないのに言ってあげてるんだよ?」

「『厳しいことを言って傷ついてる自分』も含めて、気分良くなっちゃってるんでしょ?」


 父がそうだった。電話越しに「厳しいこと言うが」と切り出した時の父は、どこか自らに陶酔しているような表情だった。


「私ね、お父さんがそういう人だったの。自分は努力して勝ち残った人間、『現実の厳しさ』を知っている人間だから何言ってもいいと思ってた。特に弱ってる人には。でもね、そういう人に限って自分の成功がどれだけ運と環境に恵まれているかわかってなかったりするんだよ」



 父は東京で大手商社マンと専業主婦の間に生まれ、有名私立の幼稚舎を受験して合格し、大学時代の先輩とのコネを使って大手広告企業に入った。

 本人の努力もあったこともあったのだろうが、それがどれだけの幸運と環境に裏打ちされているかを私達家族に語ってくれたことは一度もなかった。


「たまたまいい家庭に生まれて、たまたまいい学校に入れて、たまたまいい会社に入ることができた。確かに本人が工夫や努力できた部分もあるんだろうけど、それが全てじゃないと思うんだ」


 そこまで言うと、私は喉元まで出かかっていた次の言葉を押さえつけて言い直した。


「ごめんなさい、私もギンちゃんとこれ以上話すともっとひどいこと言いそうだから通話切るね」


 ギンちゃんの返答を待たずして通話を切断した。


*****


 離婚から3年後、母親の実家近くのアパートで暮らしていた私達のもとに警察官が尋ねてきたことがあった。

 父が汚職で逮捕されたのだ。

 かなり大きな事件だったので全国ニュースでも大々的に報じられ、兄も私も一時学校を休まねばならなかったほどだ。


「厳しいこと」を言える父は「厳しい現実」を知っている人間として、他の人達にはない”特権”があるとでも思っていたのかも知れない。


 テレビに映った父は離婚した時から激太りして身だしなみも整ってない、別人のような姿だった。


*****


 パソコンの通知音がまた鳴った。

 ギンちゃんからの着信を通知する音。

 もう何度目だろう。


 私はまた拒否のボタンを押す。

 次こそは着信を受けようと思ったのに。


 やっぱりまた彼女と話すのが怖い。

 さっき一瞬でも「厳しいこと」を言ってしまった自分が。

 また「厳しいこと」を言ってしまうのが怖かった。


 でも。


 また通知音。

 ギンちゃん。

 今度は。

 今度こそは。


 私は震える指でマウスをクリックした。

また暗い。もっと馬鹿みたいな話を書きたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。