新約・分福茶釜
分福茶釜。
それは1412年にあったか、無かったか何とも言えない戦いの記録。
ある日を境に突如流行りはじめたその民衆遊びは見る者を熱狂の渦に巻き込み、
極一部の地域にて奇天烈極まりないまでの混沌を極めていた。
――――チャガマスター。
それは、地上の全タヌキが一度は夢見る最強の称号。
……今日もまた、茶釜界の王・チャガマスターの座を求めて全国の分福茶釜どもが聖地・茂林寺にて鎬を削り合うのであった。
応永19年、此処は上野国に位置する、邑楽郡である。
室町幕府第4代将軍の足利義持が民衆の息抜きに如何かと当時の上野国大名こと上杉憲基との合議の末に令を出し、幕府より遠く離れた茂林寺の裏山に作らせたのが此の邑楽遊技場。
相撲や独楽、竹馬と羽根つきなどと様々な遊び場を幕府の管理のもとで運営されており、治安も整備されていたのだが、中でも擂鉢状に形成された施設、民衆の間では通称:狸大王決戦場と呼ばれている此処だけはまるで毛色が異なっていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、――ぽんぽこォ!」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、――ぽんぽこォ!」
見世物小屋の曲芸商人二名が睨みを利かせながら向かい合うと、両手で抱えた亀のように頭と四肢を茶釜から伸ばしたタヌキを合図とともに双方鉄火場へと投げ放った。
福を分けずして勝負を分かつ二匹の茶釜タヌキ。
体を収める茶釜をただ只管にぶん回し、激しくぶつかり合う魂。
「へへっ、俺が面倒を見ている茶太郎は3年前に明から取り寄せていた軽量速度型の茶釜を使用している。敏捷性に優れているコイツを相手に、勝てるハズもあるまい!」
「ちくしょう!勘合貿易が去年停止されたばっかりに……!!窯次郎も何とか言ってやれ!」
「めぇ、目が回るぅ~~~っっすぅ……」
「何やってんだよ窯次郎!感想じゃあなくて、文句を言いやがれッ!」
「い、痛いっすぅ……」
暴言とともに腹這いで滑走する自身の狸へ薔薇鞭を打つ主。
「おいおい!タヌキの世界に於いて鞭の使用は規則で禁止っチャよね?!」
「……あ?タヌキングは規則無用だろ」
独楽のようにフル回転する茶釜タヌキの茶太郎もそう言ってはいたが、タヌキの様子からして決着がつくまでそうは掛からなかった。
「茶太郎、俺たちで本物の連携を見せてやろうぜ!奥義、茶華疾走――連吼威絵夢!!」
「オッチャー!!」
抹茶を淹れずして気合いを我が身に注ぎ込んだ茶太郎は茶釜から飛び出した部位を引っ込めることで空気抵抗を減らし、外周にて更なる加速をしてみせた。
「なんぢゃなんぢゃ、いつもより騒がしいのーう?……んんっ?た、竜巻ィ!?」
決戦場に突如出現した災害が如く、渦を巻く現象に居ても立っても居られず、えーらいこっちゃ、えーらいこっちゃと皺くちゃな和尚が飛び出してきた。
「おぉい、弥七!この竜巻はお前といつもの茶太郎がやったのではあるまいな!?」
「あ、どーもどーもども和尚さん。たった今、タヌキに鞭を加えるロクでもない輩に天誅をですね……」
「なにを寝惚けたたことを抜かしておる!それに試合ならとうに終わっチャっとるぢゃろうが!」
そう和尚の指差した方を見ると、頭に打ち付けた跡が出来上がって目を回しているあの商人の姿を確認できた。
「あチャ〜、いっけねえ。――おーい、だいじょーぶか〜」
「全く、呆れた男ぢゃわい」
そう仰る此方こそは、茂林寺と決戦場を管理する守鶴和尚である。
「遠くから見えていたぜ。随分と強そうな茶釜タヌキが来ているみたいじゃねーか」
「ほう、これはこれは。流離いの銀司殿ではございませんか。いやはや……」
茶釜を片手に颯爽と現れたのは、唐傘を被り小枝を加えた一人の小童。
「そんで?あの竜巻を起こした茶釜使いは何処のどいつなんだ?驚いちまって、つい寺子屋を抜けて来ちまったよ」
「道理で昼過ぎに来てしまっていたわけぢゃ。いつもなら夕暮れ前にはと……。まあ、よい。寺子屋には後で拙僧が伝えておこう。――それより、此処へ茶釜を持って来たということは、覚悟して来ておるということなんぢゃな?」
「そういうこった。なあ、紺」
持っていた茶釜に銀司が話しかけると、茶釜のフタを被った小さな赤い狐がちょこんと顔を覗かせてきた。
「こ〜〜〜ん!」
「なっ!?神聖な決戦場に狐じゃと!」
特徴的な狐の鳴き声に反応してか、それとも対戦相手の手当が済んだのか、先程の弥七が帰ってきた。
「おうおう、こんな時間に寺小屋抜けてくるたぁ将来有望じゃねーか」
「黙らっちゃい!」
守鶴和尚の始まりかけた説教を遮るように、弥七は狐が入っている茶釜を抱えた小童に目線の高さを合わせて話しかける。
「おい、坊主。お前もチャガマスターを目指しているのか?名前なんてんだ」
「銀司。……それと、坊主はあのたぬきじじいでしょ?」
「へっ、やんちゃしてんな!ま、たぬきっつーか、あの隈は寝不足のように見えるがな」
ふーんとした表情の落ち着いた銀司に対し、もっとやんちゃしてそうなツラをした弥七はある提案をしてみせる。
「なあ、銀司。俺の茶太郎とその狐で一戦交えてみないか?」
「いいよ。あとうちの狐は紺っていうんだ。ほら、紺。挨拶してやりな」
「こん!」
銀司の指示でペコリと頷く紺。
「へ~え、この狐はまだ幼いっちゃな。オラは茶太郎。よろしくっちゃ」
二足歩行の亀のようにむくりと立ち上がってから律儀にお辞儀で返したのは茶太郎だ。
「ほう。なかなか面白そうなことをするつもりぢゃな。どれ、拙僧も混ぜなされ」
「え、和尚。戦えるのかい?」
弥七には初耳だった。守鶴和尚といえばここの管理者であり、少なくとも会場まで出向いて試合なぞ見た事も聞いたこともなかったからだ。
「それで?やるのか、やらないのか。気が変わらんうちに早く答えとくれ」
「いや、やるよ。……銀司も構わないよな?」
「当然だよな」
「うむ。ならばこうしよう。――――よーく聞け、此処のお前たち!!常勝中の弥七と茶太郎組とこの銀司、そして、この拙僧も最強の称号を賭けて戦う!!見届けたい野郎どもは今すぐ狸大王決戦場に集え!!!!」
守鶴和尚の迫真極まる呼び掛けに遊び人やタヌキがワラワラと瞬く間に集まったではないか。
「もう逃げ場はないぞよ」
「こうなったら、やるしかないな」
「おうおう!観客も盛りやがってやがる!――勝つぞ、茶太郎!」
弥七の声に茶太郎も右腕を振り上げた。
三人は各持ち場に着くと、弥七と銀司はそれぞれ茶釜を抱え込む。
「ふっ、弥七はお得意の『爆転周投』流派か。ならば拙僧は……」
すると、観客の足元を縫うようにして和尚の元へ走ってきた茶釜タヌキが一匹。
「あれ、寺にいつもいる分福じゃないか」
銀司はその小柄な分福を見るなりそのような反応を示したが、弥七が視界に入れていたのは和尚の見せる姿勢であった。
「なに!?守鶴和尚……まさか、一子相伝と噂される伝説の流派『倶螺周切安』だと!!」
その名が轟いた途端、会場が騒めいた。
倶螺周切安と呼ばれた和尚の構えは謂わば畑に佇む案山子そのもの。
静かであったが、まるで和尚自身が独楽であるかの如くその場で遠心力を高めている。
「なかなかだな。……紺、僕たちもやるぞ」
「こん。――――火紅取茶事!」
「ほほう、その狐にしてその『兜暴具』流派とな。ホホホ、正に異端の極致なり」
守鶴和尚はそう呼ぶが、一子相伝の流派もあまり人のことは言えないだろうと爆転周投流派の一般曲芸商人は思う。
「おい!そいつはタヌキじゃあなくてキツネじゃないか!狸大王決戦場は最強の分福茶釜を決めるための会場だぞ。どうみてもタヌキングの規則では禁止じゃねえか!!」
うるさい外野だと弥七が声の主を目を細めて探してみれば、先の試合の敗北者ではないか。
「狐だからなんだよ。お前、先の試合でも言っていただろ~?『タヌキングは規則無用だろ』、ってさ!」
「ぐっ……」
――――いよいよ、始まる。
そう見守る誰もが確信を得たとき、辺りは静けさに包まれた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、――ぽんぽこォ!」
「説徒阿浮。号……、分福ゥ!!」
「茶事参回…、普利縁取…、野宇御伏緒場取 !!」
程なくして、三者三様の流派に属する者どもによる掛け声とともに、戦いの火蓋は切って落とされた。
いつもの如く全開で回転しながら戦場を駆け抜ける茶太郎。
すいーっと曲線を描きながら左回転で茶太郎へ攻めに入るのは分福。火花を散らしながら互いの茶釜をぶつけ合う争いが続く。
一方で、開幕とともに無回転のまま直線運動でカクカクと滑走する紺の収まっている茶釜の動きは異質そのものだった。
独特な立ち回りに気を取られて動揺する茶太郎と分福だったが、ここで銀司が紺へと追い打ちの一手を指示する。
「今だ紺、『妖術、火炎地獄』!!」
「こぉーん!!」
すると紺の茶釜の周囲に狐火が現れ、それは瞬く間に戦場を火の海に変えてしまったではないか。
「あっちゃ!?あっちゃちゃちゃ!!」
「ひぃぃ~~~!?!?」
灼熱の試合会場と化してしまうも、観客は面白い見世物とばかりに興奮しっぱなしだ。
「ただの子狐とばかり思っておったが、まさか妖狐だったとはのう」
「はは!どーだ、裏山で見つけたんだぞ!……それにしても、たぬき和尚。心頭滅却すれば火もまた涼しとは聞いていたのに、お釈迦様もそうは説かなかったか」
「おのれ、けしからん!お釈迦様を愚弄するとは、それを教えたのは何処の野郎ぢゃ!」
売り言葉に買い言葉である。
「いやいや、寺子屋の泉淡先生ですよ」
「不唖鬼憂!!あんのクソ坊主は明日からクビぢゃな!」
なお、結局売られてしまったのは罪なき教師の方であった。
「茶太郎!アレをやるぞ!」
「応!合点承知のおちゃだっちゃ!」
この状況を一変すべく、出した答えは……。
「奥義、茶華疾走――韋駄天廻!」
やはり速度、回転、そして……竜巻だった。
茶太郎の茶釜はこれまでにないほどの神速ぶりを見せつけるように火が僅かに及ばない擂鉢状の端を延々と円周する。
やがて大気の流れが渦巻くように変化を見せると、炎を巻き上げ火柱のような現象を作り上げてしまった。
「な……、此処の管理人としてこうしてはおれん!――分福、アレを披露するぞよ!」
「や、やりますよ……」
やる気のない分福とは対照的に、熱意があふれんばかりの守鶴和尚は袖奥から数珠を取り出すと、燃える竜巻を見るなり喝を入れた。
「今こそ滾るのぢゃ。――無量無辺の熱湯、南無阿弥陀!!」
「ふ、ふっしゃあ~!」
すると、腑抜けた声色とともに背中の茶釜から大量の熱湯がぶちあがったではないか。
……なんということだろうか。
火炎、竜巻、熱湯。
見ていた観客の多くからは熱い熱いと湯気のように悲鳴が上がるも、試合中の彼らの耳にはまるで全然伝わってなどいなかったのである。
「ここからが正念場だな。――茶太郎!一気呵成に決めるぞ!」
「あっつあっつ、あっつ!……応とも!!」
「紺!今こそ憧れを超越えるときだ!」
「こぉ~~~ん!!」
「若造どもに負けておられるか!やれ、やるんぢゃ分福!!」
「う、うっすぅぅ~」
とうとう消え去った竜巻の中、晴れ渡る青い空を背に舞う三体の分福茶釜。
紺と分福が腹這いの姿勢のまま落下していく中、勝負を決めにきた茶太郎はぐるぐると高速回転しながら誰よりも速く腹で一点着地し、直後に他の茶釜の元まで弾け飛んだ。
「決めてやれ、茶太郎!何処までも高く……、何処までも強く!俺たちの行く末は最強に留まらねぇ!!」
かつては人々を笑わせ、喜ばせるために綱渡りや皿回しに明け暮れた日々だった。
ただ面白がられるだけじゃ、もはや俺たちは満足出来なくなってしまったんだ。
「「――これが、俺たちの、分福茶釜だぁぁーーーー!!!!」」
「あ~~~れ~~~……」
「こぉぉぉぉ~~~ん!!」
ガシャン!と音を立てて二つの茶釜が戦場の外へ投げ出されてしまった。
「やったっちゃ!弥七、これで俺らはチャガマスターに……!」
「ああ、場外。だな」
「そうだそうだ!」
「あいつら……
と、お前もだが」
盛り上がっていた茶太郎に水を差す真似をしてしまったが、落下地点がちょうど擂鉢のすぐ横である。
これには見届けた観客も皆ひっくり返ってしまった様子。
……いやいや。なんとも、チャガマスターへの道はまだ長く厳しいようで。
戦いの熱が冷めたころには陽が沈みかけていた。
辺りは普段と変わらない賑わいを見せる中、三つ巴の戦を終えた彼らは勝負の余韻に浸っていた。
「うむうむ、なんとも激しい戦いであった」
「火の海作戦。上手くいくと思ったんだけどなぁ」
「あの威力は大したもんだったが、扱いに関して言わせてもらえば、まだまだ練習が必要みたいだな」
三人の足元では二体のタヌキとキツネがじゃれ合っていた。
「なあなあ弥七。そう言うんなら明日から特訓に付き合ってくれよ」
「おい待て小童。お前ぐらいだったら今頃俺も快諾するところだろうが、生憎仕事がある。……ちゃ~んと寺子屋で勉強してきたら、仕事終わりとの時間バッチリだろうな」
「よっしゃ~!!」
「元気な若者よ、お陰でわしも若返ったみたいぢゃ」
立ち話にひと段落着いたところで、弥七は茶太郎に視線を落とす。
「今日はもう疲れたろ。……そろそろ帰るか、茶太郎」
「応っちゃ!」
橙色の陽が沈みゆく中、三者はそれぞれの相棒とともに、三様の帰路を往く。
(『昨日の敵は今日の友』だと何処かで聞いた気がするのだが、誰かはとうに忘れてしまった)
ただ、明日を生きる楽しみを共有する者が出来た。それだけでも今はきっと、コイツも満足しているに違いない。
了
どうも、作者のユッキング加賀です。此処までお読みいただきありがとうございます。
短編の新約作品ですが、先日の金の斧、銀の斧に続き早くも二作目となります。
途中途中で大変クセの強い当て字があったかと思われますが、諸事情により敢えて後書きの最後に読み方を載せておきます。
また何か思いつきましたらこうして書き留めてみたいと思いますので、
前作並びに、現在連載中の「アルジキミヒト」も合わせて楽しんでいただけますと幸いです。
それでは、また次回ございましたらよろしくお願いいたします。
爆転周投……ばくてんしゅーと
倶螺周切安……くらっしゅぎあ
兜暴具……かぶとぼーぐ




