反証!相互共鳴
この物語はフィクションです。
突然アヤコが、
「公園に行きたい!」
と言い出したので、
アタシたちは揃って、ここにやって来た。
「なんで公園?」
「一回来てみたかったの」
アヤコが、少しだけ意味ありげに笑った。
家から徒歩五分。
昔、アタシと冬馬が遊んだ――
思い出の場所だ。
時刻は十七時を少し過ぎた頃。
アタシたち以外、誰もいない。
公園に着くなり、
コウが駆け出した。
「運動全般、
禁止なんじゃなかったのー?」
冗談半分に言ってみる。
「遊びなら、カウントに入らねーんだよー」
コウが振り返って、
ニヤリと笑った。
意外にも、
レンがその後を追っていく。
「そうなの?」
アタシを挟んで、冬馬がアヤコに問いかけた。
「知らなーい」
右隣に立つアヤコが、
あっさりと言い放つ。
コウの言い分に呆れてはいるものの、
どこか楽しそうに、二人を見つめている。
二人は物珍しそうに、遊具に触れはじめた。
「そっちの世界にも、同じようなのあるんじゃないの?」
アヤコが、苦笑する。
「実は私たち、こういう街中の公園で、
あまり遊んだことがないの」
「そう……なんだ」
何か事情があるのかな。
まぁ王族も色々大変みたいだし――
ふと思った。
「そういえば冬馬。
なんであの時、アヤコと一緒だったの?」
アタシを挟んで立つ二人を、
交互に見た。
「あの時は――」
「おーい、冬馬ー!
これ、どうやって遊ぶんだー?」
コウが、回転遊具によじ登りながら叫んだ。
今では危ないからと撤去されることも多いらしいけど、この公園ではまだ現役らしい。
レンも興味を引かれたのか、
様子をうかがうように、
内側へ入り込もうとしていた。
「え? あー、それは……」
突然呼ばれて、冬馬が慌てる。
「行っといでー」
笑って、
軽く冬馬の背中を押した。
男友達に呼ばれて、
駆けていく冬馬。
小さかったあの頃には、
とても想像できなかった光景で――
思わず、
ニヤニヤが止まらない。
遊び方を説明して、何か言葉を交わして。
それぞれ好きな位置につくと、コウが思いきり回して――そのまま飛び乗った。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が、公園に響く。
「ふはっ」
少し離れて見ていたアタシは、思わず吹き出した。
「男子たち、楽しそう」
くっくと笑う。
「チヒロ」
アヤコがアタシを呼んだ。
「あの時、冬馬はね。
王城の敷地内に飛ばされていたんだよ」
「――え?」
さっき、アタシが冬馬に投げた質問。
その答えが――意外なところから返ってきた。
「お兄様たちのいたずらで、
二人は離れ離れになってしまったんだけど――」
アヤコは、
少し呆れたように、こめかみに手を当てた。
「一応、
冬馬の方には気を配っていたみたい」
「一応って……」
アヤコが言うには――
あの時。
冬馬は妖しの王城の中でも、
使われていない部屋に飛ばされていたらしい。
“ここから出るな。
後で迎えに行く”
――そう書かれたメモが、
一枚。
置いてあったそうだ。
「いや、雑過ぎるでしょ!」
思わず叫んだ。
「うん。
それもひっくるめて、お父様たちに怒られてたよ」
アヤコが、深くため息をついた。
「あの時のお兄様は、
特に妖力研究のことで――
大暴走中だったからね」
「……確かに」
小さく、呟く
――暴走。
あの時のレンは、
まさにそんな感じだった。
今は――
暴走状態のコウが、
ありえない速さで、楽しそうに遊具を回している。
レンと冬馬は、
悲鳴を上げながら、必死にしがみついていた。
「……なにやってんだか」
その様子に、
アタシは思わず、笑いそうになる。
「チヒロ」
今度は、
少しだけ固い声だった。
わずかに緊張が走って、
アヤコと目が合う。
その目は――
さっきまでの柔らかい空気とは、
少し違っていて。
まるで、
何かを確かめるみたいに、
アタシを見ていた。
アヤコが自分の口元に、人さし指を当てる。
「ナイショナイショの、
秘密のお話――教えてあげる」
歌うように囁いて、
にっこりと微笑んだ。
サァーっと、
風が吹き抜ける。
「冬馬は、
妖しと人間のハーフ。
それも――
王族との繋がりを持つ、
特別な存在。
そのことを知っているのは、
私たち――
黄龍の者たちだけ」
「おう……りゅう?」
「……そう」
アヤコは、
静かに頷いた。
「妖しの王たる一族。
金の瞳を持つ龍――
それが、私たちの正体」
いつの間にか、
辺りはすっかり夜に包まれていた。
その中で――
アヤコの金色の瞳が、
ひときわ強く輝く。
見覚えのある光。
冬馬の左目と、
同じ金色。
「王族の子である私たちは、
いずれ誰かが――
その頂点に立たなければならない」
わずかに、間を置く。
「……私は、
それがたまらなくイヤなの」
アヤコは、
困ったように苦笑した。
「あの頃――」
ぽつり、ぽつりと、
アヤコが話し始めた。
「アヤコ様こそ、王に相応しい」
「まさに、稀代の王の器」
誰もが、そう言った。
賛辞の言葉を向けられるたびに――
(やめてよね。
どこで余計な火種になるか、
わからないじゃない)
「って――
すっごくイヤだったの」
そう言って、
アヤコは顔をしかめた。
「うちには長男のお兄様がいるのに、よ!?
ほんとーに信じらんない!」
「……そ、そうだね」
「でしょー?」
アヤコは肩をすくめる。
「まぁ幸い、
うちのお兄様はそういうこと、
気にしない性格だったし――」
さらに、
アヤコは渋い顔になる。
「しかも――
『え? アヤコが王に? いいと思うよ』
とか言ってくるしぃぃぃ!」
叫んで、
ふうっと息を吐いた。
「……そんな時に、
冬馬と――出会った?」
アヤコが、
僅かに首を傾げた。
「なんで疑問形?」
「んーと……」
しばらく考えたあと、
アヤコはちょいちょいと地面を指さした。
視線を向けると――
左の人差し指を、
くいっと動かす。
すると――
街灯に照らされたアヤコの影が、
ゆらゆらと揺らめきながら、
ゆっくりと盛り上がっていく。
やがて――
アタシの身長ほどの高さまで形を成した。
「影がっ!?」
目の前には、
全身真っ黒な女の子が立っていた。
スカートの裾にあたる部分を両手で摘むと、
ペコリとお辞儀をしてみせる。
驚くアタシをよそに、
アヤコは淡々と続ける。
「私の能力。
影に干渉して、自在に操るの。
それから――」
わずかに間を置く。
「誰かの影に繋げて、
“道”を作ることもできる」
パチン。
指を鳴らすと、
影は何事もなかったかのように、
元の形へと戻った。
「冬馬はね――
色んな力に干渉して、
共鳴させることができるの」
「え、えーと?」
視線を上に逸らして、
考える。
「……冬馬も、
同じ力が使えるようになるってこと?」
アヤコは、
ゆるく首を振った。
「ううん。
ちょっと違う」
自分の影に視線を落としたまま、
アヤコは続ける。
「冬馬はね――
“繋がる”の。
相手の力と、思いに触れて、
結びつく」
「力と、思い……?」
「強い気持ちほど――
はっきり見えるって、
冬馬が言ってた」
ぽつりと、
静かに言う。
「まるで――
こっちに向かって、
手を、伸ばしてるみたいだって」
アヤコが、
自分の手のひらをじっと見つめる。
「冬馬の力はね――
その“手”を掴んだ相手の力を――」
ぐっと、指を握り込んだ。
「さらに引き出して、
強くする」
そのまま。
アヤコは、まっすぐアタシを見つめた。
「そして――
掴んだ相手の思いが、
冬馬と同じで、共鳴すれば――」
わずかに、言葉を区切る。
「二人同時に、
強くなれる」
アヤコは、
じっとアタシを見つめた。
――ほんの一瞬だけ。
その瞳が、揺れた気がした。
なんでだろう。
ただ説明されているだけなのに――
胸の奥が、
少しだけざわついた。
ふいに、
アヤコが瞳を閉じる。
「……話、戻すね」
ゆっくりと、目を開けた。
「冬馬と初めて会ったのは――
私が小さかった時」
アヤコが、ふっと息を吐く。
「あの頃の私はね。
もう、ぜーんぶ――
イヤになってたんだよねー」
アヤコは、
両手を勢いよく振り上げた。
「……全部投げ出して、
どこか行っちゃいたいなーって、
思ってたの」
今のアヤコは、
大体十歳くらいに見える。
それよりも、もっと小さい時となると――。
あー……
それは逃げ出したくもなるよね。
いくら言動が大人びていても、
遊びたい盛りだっただろうし。
――でも。
さっき知った、
王族としての立場。
責任と、重圧。
逃げ場のない環境。
小さな子供一人では、
どうにもならない現状。
それを思い浮かべて――
アタシは、
眉間に皺を寄せた。
「どこでもいい。
誰でもいい。
何でもいいから――」
アヤコが、身体をぎゅっと縮こませる。
「外への“道”を、繋げたくて……」
バッと、
空に向かって両腕を広げた。
「いつもより、少しだけ遠くに――
影を投げたの」
上げた両腕を、
「そしたら――」
ゆっくりと、下ろす。
一拍。
「泣きべそかいてる冬馬が、
釣れた」
「トウマガツレタ」
思わず。
頭の中に浮かんだ文字を、
そのまま読み上げてしまった。
「え? どういうこと?」
「こう――」
アヤコが、軽く身振りをつける。
「私の影から、ずるっと」
指先で、引き上げるような仕草。
「片腕掴まれて、
引きずり出された――みたいな?」
「なにそれ、ウケる」
想像して、
思わず声に出して笑った。
「私もびっくりしたよー。
あんなの初めてだったから」
アヤコも、つられて笑う。
「あ、だからさっき疑問形だったの?」
「そう。
これを“出会い”って言っていいのか、
ちょっと悩んだんだよね」
顔を見合わせて、
再び笑い合った。
いつの間にか――
コウが、ブランコを全力で漕いでいる。
回転遊具で散々振り回された冬馬とレンは、
仲良くベンチに並んで、青い顔でぐったりしていた。
アヤコが当時の様子を語る。
――あなた、だれ?
――……とうま。
――……パパとママの名前は?
――……とうしろうと、とうこ。
「コウ以外に、もう一人従兄弟がいるって聞かされていたし――それに」
わずかに、目を細める。
「小さいけど――
冬馬の黒い左目に、
金色の光が見えたから」
静かに、息を落とす。
「……ああ、この子がそうなんだって」
「でね。
あんまり泣いてるから、理由をなんとか聞き出したの」
顔を上げる。
「そしたら――
あの子、なんて言ったと思う?」
ぐっと距離を詰められて、
思わずたじろいだ。
「え? えぇーと……?」
アヤコは、ふっと笑う。
「ちーちゃんを守りたいのに、
どうしたらいいかわからない――」
少し、肩をすくめる。
「だってさ」
「……え?」
アタシは、その場から動けなくなった。
――みんなの為に戦う女の子を、
俺が守りたいって思ったんだよ。
再び浮かんだのは、あの時の言葉。
冬馬は――
そんなに前から。
「――それでね」
アヤコの声が、
アタシを現実へと引き戻した。
「……まぁ、色々話を聞いてて、
この子、育てたら面白そうだなーって思って」
アヤコは少し口ごもりながら、
ぱっと左手を差し出した。
「――少年、力が欲しいか」
キリリと顔を引き締めて差し出された手を、
アタシは思わず見つめる。
「ってね――」
けれどその手は、
何でもないことのように、すっと下ろされた。
「私の手を冬馬が取った、あの日から――
私はあの子の先生なの」
両手を腰に当てて、
少し誇らしげに言った。
「それから冬馬には、いろいろ教えたよー。
体力面は、ハーフの体質的に――
どう頑張っても、
十歳を超えないと、
どうにかなるものじゃなかったから」
アヤコは、指を折って数える。
「妖しのこと。
王族のこと。
黄龍の一族のこと。
交渉術に、処世術――」
両手では数えきれなかったらしく、
アヤコはぐっと握り込んだ。
「私が持ってるもの、
ぜーんぶ冬馬に叩き込んだ」
アヤコはアタシと向き合う。
「ねぇ、チヒロ?」
少しだけ首をかしげた。
「どうして冬馬が、
そこまで頑張ってたか――
わかる?」
問われて、答えようとする。
けれど。
喉の奥で、何かが詰まって――
言葉にならない。
そんなアタシの両手を、
アヤコがそっと取った。
「いずれ自分は、
ちーちゃんと妖しの世界を繋ぐ存在になる。
だから、その時に――
彼女を守れるようになりたい」
両手を優しく包み込んだまま、
アヤコはふっと笑う。
「だってさ」
その瞬間――
アタシの目から、涙が溢れた。
「知らなかったでしょ?」
コクコクと、
何度も頷く。
「だよねー」
アヤコは肩をすくめた。
「そういうとこだよね、男子は」
知らなかった。
冬馬が、影でずっと努力していたなんて。
それも――
アタシのために。
声が漏れないように、
必死に泣くアタシに、
アヤコがハンカチを取り出す。
「今のは――
ナイショナイショの、秘密のお話」
背伸びをして、
歌うように囁きながら。
アヤコは、
優しく涙を拭ってくれた。
「互いが互いを思って、
手を伸ばして繋ぎ合う。
その思いが力になって――
強く、響き合う」
少しだけ考えて、
「お兄様はそれを、
主従関係だって言ってたけど――
私は違うと思う」
ふっと、小さく笑う。
「そうだなぁ……
お兄様風に言うなら――
相互共鳴、かな」
一瞬だけ、アタシを見る。
「その方が、
何倍も素敵だと思わない?」
――相互共鳴。
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。
しばらくして――。
ふと思った。
「……昔のアヤコも、
冬馬と同じ――だったの?」
「……え?」
「冬馬と同じ思いなら、
強く共鳴するって」
アヤコは、ほんの少しだけ目を見開く。
「だから――
アヤコも、逃げ出したかったけど
どうしたらいいかわからなかったのかなって」
「……」
「アヤコ?」
「……そう、だったのかな」
小さく呟いて――
「……そうなのかも」
――その瞬間。
アヤコの顔が、
少しだけ、驚いたように見えた。
「アヤコ?」
名前を呼ぶ――すると。
「チヒロ!」
アヤコが、
勢いよく抱きついてきた。
「うわっ」
「私、
ますますあなたのことが大好きになっちゃった!」
「え、ええー!?」
アヤコが、
勢いよく抱きついてきた。
「うわっ」
「私、
ますますあなたのことが――
大好きになっちゃったぁ!」
「え、ええー!?」
アヤコは、ぎゅっと抱きついたまま、
少しだけ嬉しそうに笑った。
――その温もりが、
どこか心地よくて。
アタシは、
そっとアヤコの背中に触れた。
「妖し王子と怪力姫」を読んでくださり、ありがとうございます。
冬馬が、同年代の男子と一緒に遊ぶ日が来るなんて――
密かに感動しているアタシに、
アヤコが教えてくれた
ナイショのお話。
知らなかった。
冬馬の秘密を聞いたアタシは、
これからも冬馬と並んで歩いていきたい――
そう思った。
次回
『エピローグ
そして続く日常』
3月22日 21時頃更新予定です。
※変更になる場合があります
更新をお楽しみに!




